大舩真言〈Prism〉展
画廊のあり方の根本を問う作業
文●宮田徹也(日本近代美術史)
画廊のあり方の根本を問う作業
文●宮田徹也(日本近代美術史)
2001年7月に京都・新京極三条にオープンし、2005年5月に文椿ビルヂング2階に移転したgallery neutronが、2009年1月10日、東京港区南青山にneutron Tokyoをオープンした。そのオープニングは、大舩真言〈Prism〉展(2009年1月10日(土)~2月1日(日))であった。neutron代表の石橋圭吾と大舩に話を聞いた。まずは、石橋である。
■アーティストのホームグラウンドに
――東京に「進出」したのでしょうか。
石橋:事業を拡げたつもりはありません。当初から、複合的な要素を構想していました。それはテーマパーク、情報センター、交流の場です。ですから東京も京都も、私の構想するギャラリーの「一部」なのです。
――青山に居を構えた理由を教えて下さい。
石橋:しっかりした構え、規模の物件を探していたところ、去年の2月に渋谷・Bunkamura galleryでの企画展〈point ephemere〉があり、その際にここ青山の話が来てすぐに決まりました。工事は9月から着手しました。主に1階部分に手を入れ、2階、3階は住居であった状態をほぼそのままにしてあります。
ニュートロン外観
――京都はレストランと併合していますね。こちらはいかがでしょう。
石橋:レストランは設けません。代わりに、住居空間における展示のサンプルを示します。ホワイト・キューブは「純粋培養」です。美術品は社会と適合し、世の中の感覚とフィットしなければなりません。そして目を向けさせなければならない。それがギャラリーの役割だと思っています。
――ギャラリーの役割についてもう少しお聞かせ下さい。
石橋:neutron tokyoは、積極的に「販売」を推進する場所です。そのためには「おもてなし」がなければいけません。「美術」という狭い世界に拘っては膨らまないのです。お客様がいらっしゃったら挨拶する、何処の世界でも当然のことです。
――ではレストランと同様、スタッフには美術の世界で通用することだけを求めるのではないのですね。
石橋:そうです。販売も飲食も同様です。neutronでは、スタッフにマニュアルを設けません。一日一日、一つひとつの発見を取り入れるためです。お客様にギャラリーへ足を運んでいただくこと、その目的のためにあらゆる努力をする必要があります。
――これからの展示は、今回の展覧会のように総てのフロアを使用してインスタレーション的空間を目指すのでしょうか。
石橋:今回は特別です。通常は1階がメインで3階がサブ、2階はサロン的要素を出して展示していきたいと思います。部屋の性質と役割に気を遣いたいのです。展覧会にはバラバラでチグハグな要素も必要だと思います。今回のような全てのフロアを使用する展示は、年1、2回を予定しています。
――展覧会は全て企画でしょうか。
石橋:そうです、全て企画です。そして次第に従来の取扱作家と契約作家の別を設け、世の中に向けてのプロモーションも強めて行きたいと考えています。
――関西の作家が中心となるのでしょうか。
石橋:京都に既に集まっていたのでそのようにはなりますが、新しいアーティストの発掘にも精進します。
――今後の展開をお知らせ下さい。
石橋:ここまでお話したとおり、大きな括りでプレゼンテーションしていきたいと思います。
■自己を投影できる、水平な空間を
石橋が目指す地点は、画廊のあり方の根本を問う作業でもある。次は作家の大舩である。
――展示空間を意識した作品を制作しはじめたのは何時頃からでしょうか。
大舩:2003年頃からだと記憶しています。画面の中だけではなく、外に広がるイメージが膨らみました。絵の中の出来事ではないものを想定しました。その頃、教会の吹き抜けを生かす作品を制作していました。「絵ではないこと」とは何か、ずっと自問してきました。
――というと?
大舩:見る人が、作品に接することによって「体験」して欲しい。視覚的要素だけではなく、体で受け止めることを欲したのです。そこには作者である自分がいてはいけません。
――「体験」となると、絵画の正面性が薄れますね。
大舩:それが目的でもあります。斜めからみる、引きを利用する、見上げる空間に作品を置くなど、様々な位置で生まれる役割、多面性を考えています。例えば、床に必要なのは粒子が粗いイメージ、といった具合です。
――「風景」なのですね。
大舩:ロケーションとは、シンプルなものです。そこに無限を見て、逆に自己を感じる。「人」という存在があって、はじめて作品が成立すると思います。
――既にある作品を当て嵌めたのですか。
大舩:ここの工事の真最中に何度も下見をして、展示構成を考え、ここのために制作した作品もあります。
――その割には、作品が強く主張せずに溶け込んでいます。
大舩:場と作品を結びつけることで、ひとつの空気感を作りたいのです。作品を配置することで生まれる余白に対する思いというのは、強くあります。しかし、自分からキーワードを設置しません。
――それでも「目標」はありますよね。
大舩:自己を投影できる、水平な空間を目指しています。それは東洋的な空間と言い換えることが出来るかも知れません。それは、闇の中で蠢く内側に対して迫ることにも繋がるのではないかと思います。
――今後の展開についてお聞かせ下さい。
大舩:2月からは、京都neutron galleryで展示します。5月にはパリで、もう一名のアーティストとコラボレーションをしてインスタレーションを行なうことになっています。過去最大級の作品を展示します。常識を打破したのです。
展示を振り返ると、入り口すぐの部屋は展覧会と思えないほど暗い照明で、〈far present〉(90×130cm 岩絵具、顔料・和紙 2003年)が展示されている。目が慣れてくると僅かな地平線が見えてくる。
次の部屋の〈scene#10〉(22.7×17.3cm 岩絵具、顔料・和紙 2009年)は、作品が光を集約しているように感じる。更に次の部屋の〈eternal#6〉(106×265cm 岩絵具、顔料・和紙 2009年)と〈eternal#2〉(106×243cm 岩絵具、顔料・和紙 2004年)は、座った位置から地平線が見える。光が吸い込まれていくようだ。
2階の作品群〈WAVE〉#71,72,73,74(全て46×67cm 岩絵具、顔料・和紙 2009年)は、光が浮かび上がってくる。3階の小品〈WAVE〉#61,62,63,64,65,66(全て14×26.4cm 岩絵具、顔料・和紙 2008年)には色彩があってもモノトーンの世界で、「気配」を感じる。吹き抜けからみる〈WAVE#80〉(195×273cm 岩絵具、顔料・和紙 2009年)は、距離があるからこそ感じる世界観がある。足元にある〈WAVE#50〉(106×238cm 2008年)は、大舩が言うように、砂を感じさせる。
これからのneutronと大舩の動向に注目していきたい。
展示風景
正面《WAVE#80》床置き《WAVE#50》
neutrontokyo_1f左《eternal#2》右《eternal#6》
*大舩真言展「Prism」(neutron tokyo)より 撮影/表恒匡(neutron)2009年