ワンダフルスマイルのために 第4回
子どもたちのいるもうひとつの場所
文●ゴウヤスノリ(ワークショッププランナー)
子どもたちのいるもうひとつの場所
文●ゴウヤスノリ(ワークショッププランナー)
ワンダフルスマイルのために: 第1回/第2回/第3回/第4回/第5回/第6回
●病院という「まち」に暮らす子ども達
昨今、少子化問題や子ども達を取り巻く家庭環境、地域の教育力の低下が指摘される中、子どもの居場所作りや安全な遊び場を創出しようという動きが盛んです。そういえば、元気に外で遊ぶ子どもたちの姿をあまり見かけなくなりました。みんな家の中でゲームなどに興じているのでしょうか? それとも学校から帰るや否や塾通いで、すぐさままた別の教室で勉強しているのでしょうか? 本当に子どもたちはどこにいるのでしょう? ワークショップで出会う子どもたちに「学校から帰ると何しているの?」と聞くと、塾や習い事に出かけている子がなんと多いことか。ほんと今の子どもたちは大人以上に忙しそうです。
そんなことを考えながら、忘れてはならない子ども達のいるもうひとつの場所があります。それは、「病院」です。そう、病気の子どもたちは病院という「まち」の中に暮らしているのです。家族にも、兄弟姉妹にも、友達にも会う機会が制限され、また公園にも、塾にもいけず毎日を病院という小さなまちの中で過ごしているのです。
●アート好きな医師との出会い
病気で入院している子どもたちのことを意識するようになったのは、ある小児科医師との偶然の出会いがありました。それは2001年のこと。この医師は、大阪市立大学医学部附属病院(以下、市大病院)に勤務する方で、ご自身も大のアート好き。たまたま東京にいて、僕が当時お手伝いしていたワークショップを見学に来ていたのでした。
ワークショップ終了後、「ぜひ、うちの病院でもワークショップを」と申し出があり、「病院でワークショップ?」と、はじめはよく事態を飲み込めないでいました。
その後、いろいろとその医師のお話を聞いて行く中で、不謹慎ないい方かもしれませんが、病院の中で暮らす子どもたちへの興味がわいてきました。僕が目指している「アートと見る人をつなぐ」、「日常の中でのアート体験を促す」ということを、病院に暮らす子どもたちにも経験して欲しいと思うようになりました。
ある意味、自分がこれまでやってきたことがどこまで通用するのか、新たな試みに挑戦する良い機会だと考えました。なにせそれまでは、病院に子どもたちが暮らしているなどということは、意識したこともなく、また普段ワークショップで出会う子どもたちは、ほとんどが健康なのですから。
●子どもらしく生きる権利
でも、いきなり病院でワークショップをといわれても、そこがどんな場所なのか、入院している子どもたちの様子を詳しく知る必要があります。市大病院のこの医師を通じ状況も見えてきました。
まず、病院での入院生活は、「医療行為中心」のリズムであるということ。当たり前のように思いがちですが、これは子どもたちにとってはかなり特別な生活リズムです。しかし、その一方で入院している子どもたちは病気に関わらず日々成長していきます。つまり、病院は彼らの「成長の場」でもあるということ。そして、保護者にとっては「子育ての環境」です。「子どもの命を支える為に必要な医療」と「子どもを育むために必要な環境」との両立が大切であるとその医師はいいます(※1)。まさにその通りだと思います。
この市大病院は通天閣で有名な大阪・天王寺にある18階建ての総合病院です。建物の中には、医師や看護師などの医療従事者が勤務し、大学の医学部学生らお兄ちゃん、お姉ちゃんもいます。掃除の方や売店の方、はたまた警備員さん、食堂のおばちゃん、おじちゃんも働いている。たくさんの通院患者や入院している方もいます。それを見舞う一般の方も大勢病院に訪れます。そして病院を裏で支える事務方の皆さんも大勢いらっしゃいます。ほんとうにいろいろな人がいて、まさに「ひとつの地域(まち)」としての営みが病院の中にはあるのです。
このように「病院もひとつのまち」とするならば、そこに暮らす住民である入院している子どもたちは、ただ治療のためだけに日々生きるのではなく、病気でない子どもたちと同様に勉強し、遊び、泣いて、笑って、感動し、子どもらしく成長し、生きる権利が保証されなければなりません。その手段のひとつとして「アートの力」を借りられないものかと、この医師は考えたのです。
●アートによる「療養環境の改善」
こうした考えに賛同した僕は、医師との出会いから2年後の2003年、市大病院で長期入院をしている子どもたちの入院環境をアートの力で改善するアートプロジェクト「アートもクスリ」を実施しました。以後不定期ではありますが、市大病院とアートを通じた関係は今も続いています。
少し話しは脱線しますが、アートと病院というとなぜか「アートセラピー」や「ヒーリングアート」など癒し系を連想する方が多いのが現実です。それらを決して否定するものではありませんが、病院での活動を通じ、あまりにもそうしたステレオタイプな見方が多いように感じています。僕は医者ではないのでもちろん治療行為はできませんし、治療効果を期待するものでもありません。また、癒そうとも思っていません。癒されるかどうかはそれを受けた人が感じる気持ちの問題です。結果的に癒されたり、セラピー的な効果があるかもしれませんが、僕には判断できません。さらに、慰問でも、慈善事業でもありません。あくまでもアートによる療養環境の改善です。そういうと壁画を作成したり、天井からオブジェを吊るしたりといったアートワークを連想なさる方もいると思いますが、残念ながらそうしたものでもありません。
ワークショップという手法を用い、入院している子どもたちとのコミュニケーションを重視した、アートによる彼らの日常生活の質(クオリティー・オブ・ライフ)の向上を目指しているのです。
●キーワードは「空」
病院に暮らす子どもたちの環境を改めて整理すると、次のようになります。
(1) 長期入院の状態にある(毎日病院で暮らす)。
(2) さまざまな病状や体調、身体的な機能状況が異なる。
(3) 外に出られない(病室のベットから出られないこともある)。
(4) 子どもたちにとって病院は恐いところというイメージがある。
これらの特徴から、アートプロジェクトの目指すべき方向性を考えました。それはこんな感じです。
(1) 楽しみに「待つ」=「一過性ではない継続性」
(2) 複合的に絡み合うストーリー性=「飽きさせない仕組み」
(3) 日常の中での新たな気づき=「入院生活に変化を与える」
(4) いつでも好きな時に来て、いやになったら帰る=「オープンエンドスタイル」
(5) 病室から出られない子も参加できる仕組み=「プログラムの出前」
(6)長く入院すればするほど儲かる=「何かが貯まる・ご褒美」
このようなことを考慮しながら、プランを練って行きました。
下見の為に市大病院を訪れた際にまず感動したのが、目の前に広がる大きな空でした。小児病棟はほぼ最上階の17階にあり、まわりをぐるりとガラス窓に覆われた見晴らしの良い環境です。空はふたつとして同じ表情はなく、瞬間瞬間に変化し、いつも子ども達の目の前にあります。そして唯一外とのつながりを感じさせてくれる存在だと直感しました。そこで、キーワードはこの「空」に決めました。いつもそうですが、ワークショップのプランニングをしていくうえで大切にしているのは、この“直感力”です。
●「空」を交換する
僕の友人でイタリアに暮らす廣瀬智央というアーティストがいます。彼は、1991年からイタリア・ミラノに暮らし「旅」や「移動」をテーマに嗅覚や触覚に訴える作品を制作しています。海外での展覧会も多く、その移動の度に飛行機の窓や地上から空の写真を撮り「世界の空シリーズ」として継続的に発表しています。「空」をキーワードに思いついた際、彼の空の写真を遠くイタリアから大阪の子どもたちに送ってもらい、お互いに生活する場所から見える空を交換するプランが思い浮かびました。いわば「空の交換日記」です。
しかし、日記とはいうもののあえて手紙など言葉による情緒性は排除し、写真交換というヴジュアルのみに集約しました。これは、廣瀬がこのプロジェクトに参加するに当たっての条件ひとつでした。アーティストであるからには作品のみで勝負したいと。これには僕も同感でした。
プログラムの実施期間は6ヶ月。毎月2回、イタリアから世界中の素敵な空の写真が大阪の子どもたちに届きました。その間、廣瀬はプログラムの最終日を除いて、大阪に来ることはなく、淡々と空の写真を送り続けました。はじめは空なんてなにも変わらないといっていた子どもたちでしたが、廣瀬から届く色とりどりの空の写真にすっかり魅了され、瞬く間にその虜になっていきました。「今回はどんな空が届いたかな?」「いったいどんな人が空の写真を毎回送ってくれているのだろう?」と想像を膨らませながら、自分達も病室や病棟の窓から日々お気に入りの空が現れるとパシャリとシャッターを切り、廣瀬さんに送りました。その多くは、きれいな夕日だったのを憶えています。
●「空」で遊ぶ「そらいろカフェ」
この空の写真を交換するというプログラムを基本とし、病棟で子どもたちが遊ぶプレイルームにワークショップスペースとして「そらいろカフェ」を出現させました。これはワークショップの実施日(毎月第2、第4木曜日)にのみ現れる架空のカフェで、身の周りの空を集める、空の俳句を詠む、空の下の町を想像して作る、空を飛ぶものを作って飛ばすなど空をテーマに自由に遊べる空間です。
入院している子どもたちは、さまざまな病状にあり、また身体的な機能が異なっています。さらに、治療スケジュールもまちまちです。そのため、都合に合わせて自由に出入りできるオープンエンドな環境設定が必要でした。
「カフェ」というのは、自由に人々が集い、去って行く、またそれぞれの時間の使い方ができる空間です。この形態はとても便利で、途中リハビリや検査のために抜けても、また戻ってきて続きができます。カフェで遊びたいという一心で、つらいリハビリや検査にも積極的に出かけて行く子が多く見受けられました。そして戻ってくると「おかえり」といって、僕らカフェスタッフは再び彼らを迎えます。彼らもにっこりと微笑んでまた続きをします。
病棟の会話の中にも変化が現れました。イタリアから届いた空の写真を毎回病棟の廊下の壁に貼り出していたのですが、その前で立ち止まり「今度はどんなお空が届いたかな?」「きれいなお空だね」とお話しているお母さんとお子さんの姿がありました。単調な入院生活の中に「空」という新しい話題が生まれたのです。
●院内初の展覧会
半年間続いた空の交換日記プロジェクトの総括として、病院のエントランスや吹き抜け空間、小児科外来の壁などを使って展覧会を実施しました。これまでに交換してきたお互いの空の写真、そらいろカフェで作った作品や活動記録写真などプロジェクトの様子を外部に紹介するのが目的です。なんせ病院も院内で展覧会を行うのは、初めてのことで、お互いにいろいろと勝手がわからず苦労もしました。
しかし、院長他、病院庶務、小児科医局をはじめとする組織のさまざまな部署の協力を得て、大きな混乱もなく、診療待ちのお子さんや保護者の方、入院患者さんや院内職員など多くの方が訪れ、小児病棟に暮らす子どもたちのことを広く知ってもらえる良い機会となりました。
この「アートの力」による療養環境の改善を試みた小児科医師は、次のようにプロジェクトを振り返っています。
「アートは、日常の決まりきった通念や見方を揺るがし、新しい多様な考え方を発見する糸口 を与えてくれます。そして、今回のように大人も子どもも分け隔てなく一緒に本気で楽しめる機会は、地域における教育や子育てには大変重要な要素です。このプロジェクトのおかげで『子どもが育つ良い地域』となることができたのではないでしょうか」(※2)
アートに携わる者としてこの言葉を聞いて、アートの力を再認識できたと同時に、まだまだアートでやれる事はあると実感しました。
さて、次回もこの病院で試みた院内環境改善のために実施した別のプロジェクトのお話しをしたいと思います。
(※1)
文化環境研究所ジャーナル「医療現場におけるアート活動の意義 『ぼくらの“まち”~病院~』という発想
(※2)
『大阪市立大学医学部附属病院小児科病等プロジェクト2003~アートもクスリ~記録集』
■プロフィール:ゴウヤスノリ(ワークショッププランナー)
1998年より、日常生活におけるアート体験や作品と鑑賞者をつなぐため、主に子どもを対象としたワークショップ・プログラムを企画し、全国各地の美術館、美術展、保育園、小学校、社会教育施設、病院などで実施。近年は、ワークショップの経験を活かしアートボランティア研修会、講習会などに指導者として携わり、人材育成にも努めている。