武内光仁 Mitsuhito Takeuchi
いま、何をみつめるべきか
文●中野 中 Ataru Nakano 美術評論家
いま、何をみつめるべきか
文●中野 中 Ataru Nakano 美術評論家
―この夏、武内光仁は韓国ソウルで大個展を挙行した。折しも教科書問題、小泉首相の靖国参拝でソウルでの反日感情は最高潮に達していた8・15を、ソウル市庁舎並びのプレスセンター1階のソウルギャラリーで迎えた武内は、不安と緊張の中で緊迫の一日を過ごした。
その日、さすがに来客は少なかったが、武内の大作群の、エネルギュッシュでダイナミックな構成、周密な細部とマティエル、濃密な彩色、そして何よりも明晰なメッセージ性がすべての人々をとらえ、劇的な出遭いと感動を生んでいった。そのことはいずれ武内自身が語るであろうから、これ以上は触れない。
しかしこの体験は、武内が日頃語り、制作の根底としている「21世紀は前世紀のツケを支払い、贖う世紀」の思いをいっそう深め、確信したに違いない。加えてニューヨークの同時多発テロの勃発である。まさに、爛れはて幾重にも矛盾し倒錯した時代の歪みが、さまざまな形でひきおこす病的痙攣の一つである。
民族、宗教、体制を超えて、人間として、それぞれが個として「いま、何をみつめ、何を為すべき」なのか。裸形の目を剥いて、無垢の心で熟慮せねばならない。
再度問う。
「いま、何をみつめるべきか」を。―
右は、このたびの個展の案内状へ寄せた私の一文である。「いま、何をみつめるべきか」は武内自身が掲げた命題である。
文中、感動的出遭いについて略されてしまっているので、ここで紹介しておきたい。それは作品を発表することの根幹にかかわる出来事と思われるからである。
その日、つまり8月15日、韓国では解放記念日のその日の昼近く、70年輩の小柄な男性が、会場をゆっくり二巡、三巡したあと、武内に向かって、
「あなたが作家ですか」
と思いのほか流暢な日本語で声をかけてきた。
「・・・・・・」
そのまましばらく絶句した後、ややあって、「56年、まさに56年ぶりの今日のこの日、私は日本語をしゃべりました。」
・・・・・・目に涙をたたえ、握手をしたまま微動だにしない二人の姿は、まさに感動的であった。感動的であるのは、長い時の流れ、重い歴史の課題、諸々に思いをめぐらさざるを得ない故の感動なのだ。
武内の作品に触発されて、封じ込んでいた日本語を思わず口にのぼせたという事実。まさに絵画の力であり、そのことは、絵画に何ができるのか、表現の可能性と意味をも考えさせもするのである。
さて、ソウルでの個展に次いで、О美術館のフロアー全部を使っての大個展。観客はまず、10本の鳥居(といっても朱ではない)で構成された『父母の門』をくぐって会場へ入ることになる。これはいわば禊ぎ祓いの一種であろうか、ここをくぐって浮世から異界へと我々は運ばれる。つまり、武内の迷宮世界、あるいは胎内に入り込むことになる。奥へ長い会場の右半分には30枚パネルからなる36mの長大作品『悲しい過去を持つ人―この指と~ま~れ』がぐるりと取り囲む。左半分には『指の中のコスモス』(2.1×10m、油彩、キャンバス)、立体の『さまよえる祈りの中で』、奥に四角錐、三角錐からなる立体12箇の『感激の合唱』、そして大きなヴィデオ映像パネルからはソウル展や3年前の野外展の様子が放映されている。
「感激の合唱」 油彩 ベニア
立体、平面、映像のすべてを動員して、展示空間を武内色に染め上げ、息苦しいほどの圧倒的迫力で、エネルギッシュに武内ワールドを展開する。その表現手法は多様だがテーマ性は明らかに一つに収劔していく。つまり宇宙と個(人間)の交信であり、どちらも他者でなく一つなるものの世界なのだ、ということだ。微細(ミクロ)な世界を分け入って拡大化させ、巨大(マクロ)な世界を包括して現実的サイズに置きかえる。もしくはその象徴を抉り出して普遍のものとして呈示する。その象徴として武内は「指」をモティーフとし、「手形」を用いてみせる。『指のなかのコスモス』はそのことを明確に呈示した象徴的な作品であろう。それは立体の『感激の合唱』でも同じである。『さまよえる祈りの中で』の立体には高知の風土、巡礼の姿が背後に意識されているが、根っこは同じであろう。
武内光仁の作品が語るところは深遠である。が重くならず明るく活発に、しかも多様な視点からのアプローチによって、見る側にも多様な思考を喚起させるのである。
(『てんぴょう』10号掲載)
■ 武内光仁個展―いま、何をみつめるべきか―
2001年11月2日-7日
О美術館
品川区大崎1-6-2大崎ニューシティ2号館2階
電03-3495-4040
■たけうち みつひと
1947年 高知県生まれ
1960年代 アヴァンギャルド集団「前衛土佐派」の最年少メンバーとして活躍
1965年 第8回新象作家協会展初出品、佳作賞
1997年 <TOSA-TOSA'97こんなアヴァンギャルド芸術があった! 高知の1960年代>(高知県立美術館)
個展(東京・井上画廊)以後、毎年開催(東京・アンファン、ホシヤ他)
1998年 アウトドア・ワンマン・ショウ(白木谷アトリエ)
2001年 アート電車制作(高知県立美術館企画)
現在、前衛土佐派事務局、新象作家協会会員