EXHIBITION | KYOTO
サーニャ・カンタロフスキー(Sanya Kantarovsky)
「After birth」
<会期> 2023年4月14日(金) – 5月27日(土)
<会場> Taka Ishii Gallery Kyoto
<営業時間> 10:00-17:30 日月火水祝休
タカ・イシイギャラリーは、4月14日から5月27日まで、サーニャ・カンタロフスキーによる展覧会「アフター・バース」を開催いたします。本展はタカ・イシイギャラリー京都でのはじめての展覧会となり、そこに展示されるのは、カンタロフスキーがこの土地のもつ豊かな歴史と情景を軸としながら、より不穏な題材に取り組んで制作した作品の数々です。
昔、伊達郡保原町のある菓子屋の表戸を力なく叩く者があった。時は深夜丑満ごろ、菓子屋の主人は目を覚まして表戸を開けると、音もなく這入って来て土間に立ったのは一人の女であった。まだうら若い年ごろで髪振り乱し白衣を身に纏って生まれて間もないような乳呑み児を抱いていた。やがて女はうるさそうに乱れかかる髪の毛を掻き上げながら、飴を下さいと銭を一文差し出した。主人は怪しみながら飴を棒に緘んで差し出すと、女は受け取って有り難うと一礼して立ち去った。
その次の夜もまた次の夜も、同じ時刻に同じ姿で一文の飴を買って行くので、主人も不思議な事だと思っていた。ある日かねて懇意の間柄である絵師に逢ったので、その話をすると絵師も怪しんで、それでは今夜参るから見せてもらいたい、と言ったので主人も快諾した。
その夜絵師は筆紙と酒肴とを用意して菓子屋を訪い、主人と共に飲み且つ談じて深更に到った。するとその夜も戸を叩く音が聞こえたので、主人は絵師に目配せして立って行って戸を開けると、例の怪しの女が這入って来て、一文の飴を求めた。主人はわざと飴桶の中を搔き廻して手間取っているうちに、絵師は物蔭からその姿を写してしまった。
近藤喜一「信達民譚集 幽霊の話 子持ち幽霊」
池田弥三郎ら編『日本民俗誌大系 第9巻(東北)』
角川書店、1974年、p. 96
本展は京都市下京区矢田町123番地に立つ築150年の町屋のために構想されました。この家の斜め向かいには、歴史的建造物である杉本家住宅があります。かつては民家として、その後はカフェとして利用されてきたこの町屋が、今回あらたにペインティング、水彩画、そして伝統的な西陣織を用いたタペストリー作品を収容する器の役割を果たすこととなります。
出産で命を落とした母親の妖怪である「産女(うぶめ)」、腐った肉の塊の「ぬっぺっぽう」、蛇のような長い首で頭部をさまよわせる女の妖怪「ろくろ首」など、妖怪の描写がこの町屋内部を仕切る壁や襖にならんでいます。この国では昔から、生活の不安や来るべき死と折り合うための一手段として妖怪を登場させてきました。そうした妖怪と、西洋の神話や美術史、作家自らの体験などから引用された材とが町屋の陰翳のなかに同居しています。
ひとつのアイデアを別のアイデアで更新していくかたちで、足し算と引き算を繰り返しながら、本展は構築されました。水ですすぎ、乾燥させ、拭い、蒸発させる——乳剤と溶剤のような相互作用がそこには働いています。この古い家屋には西陣織の織物も展示されます。それは伝統的な引箔の技法を用いて制作され、周囲の自然から集めた苔や地衣類、菌類などの色素を使いながら、素材自体でテーマを表す試みです。シリーズのタイトルである「Growths(増殖)」が示すように、それらは寄生性の菌類の野心を表しています。
矢田町123番地に設置された作品が取り上げるのは、きわめて特異なかたちの子育てです。細やかな世話や心遣いは愛情に起因する行動ですが、その様子は畏怖を感じさせるものです。幽霊と向き合い、証人となったカンタロフスキーは、制作にあたりさまざまな思いを巡らせたことでしょう。そもそも幽霊をどう表現するのか? 真実味のあるかたちで恐怖に取り組むとはどういうことか? この幻妖の人物はなぜ生まれたばかりの子に飴を買おうとするのか? 産女伝説が伝える母親の幽霊は、子の潜在能力に対する関心から行動していたのではないだろうか? もしかすると、その潜在能力とは、人間的な能力ではなく、子どものもつ原始的な生命力だったのかもしれません。
Taka Ishii Gallery Kyoto(タカ・イシイギャラリー 京都)
https://www.takaishiigallery.com/jp/
京都府京都市下京区矢田町123
tel:075-366-5101