EXHIBITION | TOKYO
和田礼治郎(Reijiro Wada)
「Market and Thieves in a Cloister」
<会期> 2022年5月31日(火)- 7月9日(土)
<会場> SCAI THE BATHHOUSE
<営業時間> 12:00-18:00 日月祝休
宇宙、生命、時間などの形而上学的な主題への関心を、物理的な現象や力学による独自の手法で彫刻化する和田礼治郎。水面にガラス製モジュールを浮かべた「ISOLA」、真鍮板と果実の腐敗の痕跡が抽象的な構図を描出する「VANITAS」、時間の暗示を含む液体を抱いた「SCARLET」、投企された生の果実が空中に浮かぶ「STILL LIFE」―― 時に環境に直接的に介入し、見る者の知覚および作品の置かれた空間に作用を及ぼす多次元的な彫刻群によって、国内外で評価を確立してきました。本展タイトルには、市場と泥棒、そして中庭や聖域といった意味の、ある限定的な空間を指す言葉が並んでいます。和田はその芸術的実践の主幹となる諸要素への探究を本展においてさらに深め、知覚に作用し、また空間に響き合う個々の作品と、それらが織り成す一連の構成によって、題名の表象に込められた静物の風景を展示室内に描き出しています。
中央に置かれた真鍮製の骨組みと台は、和田が居住するドイツのフリーマーケット市場でごく一般的に見られるブースを実物大で抽出したものです。MARKETと題された黄金のフレームは、枠組みだけで幌もなく、また売り物も見当たらず、むしろそれらの不在が強調されているようです。
実物のモンキーバナナを鋳型にとった、ブロンズ製のオブジェが頭上に吊られているのが見えます。むさぼられ、枯れ果てた茎の様子と、一本だけ残った果実の神々しさとのコントラストが印象的です。本作には人間の差別意識と優越感に対する批判が込められていると和田は言います。バナナはかつての奴隷貿易とプランテーションの象徴、そしてアートマーケットの中では消費し尽くされて来た記号 ―― 茎の先には、まだもぎとられていない禁断の果実が垂れ下がっています。
UNLICENSEDおよびBICYCLE THIEFは、路上の観察から着想を得た作品です。前者は、スクラップされたアルミニウムに損傷を与え、さらに加工したものです。凹凸の目立つ鏡面には、映し込まれた像がまるで宇宙空間に引き込まれて消えていくような現象が立ち上がり、破壊と暴力の痕跡の狭間で、鑑賞者の知覚を揺さぶります。一方後者は、作家によって「泥棒が作った静物」と評されたオブジェです。白と黒、異なる二つの自転車の車輪が、錆びついた黄色いストールに繋がれたまま、二輪(bi-cycle)を構成しています。
壁面に展示されたVANITASは、生命のベクトルを構造化した作品です。V字型に構築した2対の真鍮板の間に生の果物を投げ入れ、やがて緑青となって浮かび上がる腐敗の痕跡を提示しています。一方、液体を内包した水平鏡には、風景への介入を企図する和田の意趣が見て取れます。展示室全体を細長い枠の中に映し込みながら、空間に抽象性をもたらしているようです。窓ガラスの前に置かれた透明なFRUIT MARKETは、鑑賞者の目を捉えることでしょう。果物籠の純粋な構造美にフォーカスした本彫刻は、フルーツマーケットというタイトルに反し、空っぽで透き通ったガラスの外観が逆説的にフルーツの豊かな色彩をも呼び起こすようです。日常の儚さや非物質性を示しつつ、それらと対照する楽園的なイメージが対極を成す本作は、存在/消失、あるいは聖/俗といった両極性の内包、その絶え間なる反転運動が常に喚起される、和田彫刻の核心を端的に現しているともいえるでしょう。
和田は、形而上学的主題への関心を、我々を取り巻く現代社会の関係構造へと投じる眼差しに重ね、静物構成の局面を拓きました。市場と泥棒が共存し、閉じた回廊(Cloister)の中で回り続ける姿をギャラリー空間へと転じ、風景を彫刻化するというその独自の実践において昇華しています。
SCAI THE BATHHOUSE(スカイザバスハウス)
https://www.scaithebathhouse.com/ja/
東京都台東区谷中 6-1-23 柏湯跡
tel:03-3821-1144