小林正人の作品には、破壊するのではなく生成するという意味での「生」が横溢しています。絵の制作がキャンバスを張るときからすでに始まっていて、キャンバスを張り終わるときが完成であるという、理屈では可能だが実現は困難な手法に行きついたのは80年代の半ば、小林正人が20代のときでした。
画家として生きることを決心し、新しい芸術を目指した若き日の小林正人が、大学時代に吸収したラスコーなどの洞窟壁画から20世紀ミニマリズムまでの大きな芸術の流れを前にして、己の芸術表現の立脚点を求めたその先に待っていたのは、「白いキャンバスを木枠に張ってから描き始めるのではすでに遅い」「ミニマリズムまで行った後の芸術の世界で依然として芸術様式的に意義のある絵を描こうとするならば、新しい手法を獲得しなければ描き始めるわけにはいかない」という必然的かつ誠実な、しかし困難に充ちた命題でした。
印象派、セザンヌ、マティスを経てポロック、ニューマン、ロスコ、ステラなどのアメリカ抽象表現主義の流れ、ミニマリズム、コンセプチュアリズムが日々論じられ、絵画とは呼ばず「平面」と呼ぶのがならわしであったそのような時代の小林正人には、具体も実験工房ももの派も浮世絵もいかなる主義も眼中にはなく、東京・国立のアトリエで孤高の中に今に至るオリジナルな手法を獲得したのでした。
1997年に伝説的キュレーターとなったヤン・フート(1936 -2014) の誘いに応じてベルギー・ゲントに渡欧したのはそれから10年以上先のことで、小林はそこで初めて作品を床に置き立て掛けるという、絵画の掟を破る展示に到達します。いち早く彼の真の独創性に気付いたのはヤン・フートだけではなく、彼の作品に遭遇した蔡国強やKris Martin、Sislej Xhafaといった何人かのアーティスト達でした。その後日本へ戻った現在も後進のアーティスト達に影響を与え続ける小林の存在はArtist's artistと呼ぶにふさわしいものでしょう。
「昔々」の三乗に当たるThrice Upon A Time と名付けられた本展は、そうした小林正人の感慨にも似た自身の人生とルーツを振り返ったときふとつけられたタイトルです。疾走を続ける小林が今時空を超えたある種の宿命を感じ、ShugoArtsの新スペースをオープンさせます。
六本木に移転したシュウゴアーツの新しいスペースのこけら落としとなる今展覧会 Thrice Upon A Time にお運びいただければ幸いです。
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