嵯峨篤は10年以上に渡り、絵具を塗布したパネルの表面を、手作業で執拗に磨きこむ鏡面化のプロセスに一貫して取り組んできました。塗りと磨きの執拗な反復が絵画の表面を作り出し、鑑賞者を映し出す透徹した平面空間を生んでいます。手作業で可能となる限界点を探るこうした行為は、一見、工業製品のようなミニマルな外形をもっていますが、そこには手作業によって条件付けられたやわらかい光の反射や、色調におけるわずかな差異があります。「Perception (知覚)」と題した本展は、この平面に閉じ込められた微細な差異を見分ける鑑賞者の知覚に向けられています。
嵯峨はこれまでも、画布からかたちや色彩を排除し、最小限の示唆によって能をはじめとした日本の伝統文化を参照してきました。出展作品となるシリーズ"inside"(2015年〜)では、光沢した瑠璃色の表面に、香道における源氏香の図柄に由来する5本のストライプが引かれています。季節の香りを聞き分ける源氏香のルールでは、参加者が順番に5つの香りを聞き、香の異同を言い当てます。各人はこのとき5本の縦線を書き、同じ香りであると思う線の頭を横線でつなぐことでこれを表現します。嵯峨はこの香の図を引用し、実際の香の代わりに視覚や質感における機微を表すことで、室町時代から続く香道の作法に応じています。
1960年代後半にパリを中心に活動したBMPT(オリヴィエ・モセ、ダニエル・ビュランほか)は、画布に描くストライプや円形など、反復的なパターンによって客観性をもつ文化的コードを生み出しました。嵯峨による尺の寸法でつくられた平面と、そこに現れるかすかなストライプは、このことを想起します。整然としたバランスと法則とが行き渡った空間構成は、静寂した秩序の上に立ち現れる香道の静かなゲーム性を強調しています。そこにはまた、無心の労力と微細な計画性とが生む鏡面の硬質な輝きのなかに、鑑賞者の直感的な「聞き分け」を求める制作者の意図があるといえるのではないでしょうか。
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嵯峨篤(さが・あつし)
1970年東京都生まれ、埼玉県在住。1996年、多摩美術大学美術学部絵画科を卒業後は、家具を主題とした彫刻作品を発表。2004 年からは、限りなく白一色に見える"MUMI"シリーズを開始。独自の塗装と研磨の技術によって、硬質な輝きを帯びるパネル表面で見る者の知覚を問う作品を展開する。主な展覧会に、2004-05年「MUMI + cube on white (Criterium 61)」(水戸芸術館現代美術センター、茨城)、2005-06年「もうひとつの楽園」(金沢21世紀美術館、石川)、2011年「ヨコハマトリエンナーレ2011」(横浜美術館、神奈川)など。
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