増井の作品は繊細で細密な水彩画です。紙に水彩で下地を塗り、時間をおいてから何度も重ねて描かれる画面には、滲みによってできる偶然の効果と意図的で入念な描線によって独特のテクスチュアがつくりだされます。幼い頃の色や匂いの記憶と共に増井が身近な存在として観察してきた猫や馬、鳥などは、作品のなかで背景と有機的に統一し、まるで神話のなかの動物のような象徴的な存在として描かれています。
森美術館チーフ・キュレーター片岡真実氏は以下のように語ります。「増井淑乃は抽象的な風景を描いた水彩で知られているが、そこには神話的な物語性や模様や装飾などの伝統も見ることができる。彼女の絵画空間に登場するネコや馬などの動物は、増井の空想世界を自由に動き回っている。」(片岡真実「MASUI, YOSHINO」 『Younger Than Jesus: Artist Directory』 Phaidon/New Museum出版、2009年)
故郷での体験や神話から着想を得て紡ぎ出された作品は、見る者に郷愁を感じさせます。本展覧会では静岡の駿府博物館での個展「海は見えるか」出展作を中心に、新作を含む約20点を展示いたします。是非ご高覧ください。
増井淑乃は1976年静岡県焼津市生まれ。静岡県立清水南高校芸術科に進学後、多摩美術大学美術学部芸術学科で東洋美術を研究、現在東京を拠点に活動を行っています。芥川賞作家である磯崎憲一郎のデビュー作『肝心の子供』(第44回文藝賞受賞/ 2007年、河出書房新社主催)の装画となった他、世界中のキュレーター、批評家によって推薦された1975年以降生まれの作家を紹介した書籍『Younger Than Jesus: the Artist Directory』に、片岡真実氏により選出、掲載されています。小山登美夫ギャラリーでは2006年、2008年、2011年、2013年と4度の個展を行っており、2016年1月には駿府博物館にて個展を開催しました。
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