潘逸舟は1987年上海生まれ。青森に移住した後、高校生の頃から作品制作を始め、2012年に東京藝術大学先端芸術表現科大学院を修了しました。等身大の個人の視点から、社会と個の関係の中で生じる疑問や戸惑いを、自らの身体を用いたパフォーマンス性の高い映像作品、インスタレーション、写真、絵画など様々なメディアを駆使しながら、真摯に、時にユーモアも交えながら表現する注目の若手作家です。
本展では、關渡美術館(台北)、ロンドンRCA、ボストン美術館での展示、ニューヨークでのレジデンスを経て、益々の飛躍が期待される潘の初期作品および最新作を展示いたします。
"as far as I know"(僕の知っていることからすると)
金澤韻(キュレーター)
1987年に上海郊外で生まれた潘逸舟は、9歳の時、両親の仕事の都合で青森県に移り住むことになった。その青森で、2003年、熊本市現代美術館における日本初個展を開催したばかりのマリーナ・アブラモヴィッチが、国際芸術センターの招きにより講演した。当時高校生だった潘は強い衝撃を受け、一気に現代美術の世界へと引き込まれていくことになった。ほどなく制作されたパフォーマンス・ヴィデオ<My Star>(2005)に、早くも彼の作家としてのシンプルで強いメッセージを見ることができる。身につけているものを一つずつ、大地に星を描き置いて行き、その中心に裸で横たわる。意識の極限に自らの身体を用いて挑んだアブラモヴィッチの火の結界<Rhythm 5>(1974)をなぞるようなこの初期作品は、共産主義のシンボルの中で、ただそこに在って呼吸する生身の人間を表現する。また21歳で制作されたパフォーマンス・ヴィデオ<White on White>(2008)は、故郷上海郊外でアヒルを飼う親族から取り寄せた真っ白い羽毛を、青森の雪原に蒔いていくというものだ。上海と青森が白い風景でつながる、と同時に、雪深い野を前進し種を蒔く身振りのうちに、人が生計を立てる行為の切ないようなひたむきさが表れてくる。いくつもの意味のレイヤーが、平明で幻想的なイメージの中に豊かに包含された、若き天才の出現を確かに知らしめる傑作である。
その後、潘のテーマは中国と日本、二つの祖国を持つ身としてナショナル・アイデンティティの探
求へと進展していく。東京藝術大学大学院修了制作として発表された3つの映像はいずれも海を主題としたもので、その一つは尖閣諸島と思しき海上の山が現れ、また海の中に沈む様子を映し出していた。領土のメタファーが消えるときの感興は、国という概念のありようを素朴に率直に私たちに問いかけてくる。本展の<Musical Chairs(海)>(2015)は、その延長上にある作品だ。干潮時に姿を表す小島で、5人の人々が椅子取りゲームをしている。一人、また一人と敗者が消えていき、最後の一人もまた座るための石を海に投げ捨てて画面から姿を消す。その背面のスクリーンでは小島自体が潮の流れの中に消失する。人間の考えだした概念として、ゲームの勝敗も、その土俵すらも、きわめて儚い夢のように表される。
大学院卒業後はレジデンスプログラムなど海外での経験が、日本/中国といった対比を超え、広く一般的なイデオロギーへの疑問を投げかける作品へとつながっている。例えば<Reclining Statues>(2015)はロンドンRCAでのコミッションワークで、西洋の伝統的精神を示す5つのスタチューが、ブッダの涅槃像のポーズをとるコミカルなヴィデオ作品だ。そして<13本の横縞>(2015)はニューヨーク、アジアン・カルチュラル・カウンシルでのレジデンスで構想されたもので、事故現場など一時的な立ち入り禁止区域に使われる紅白縞のテープを素材に、アメリカ国旗を像させるイメージを描き出している。いずれも特定の価値観を示すシンボルの形や素材を変えてみることで、私たちの既成概念にゆさぶりをかける。
<無名の山>(2016)、<ふたつのまる>(2012)は、オーストラリアでの滞在時にスタートし
たシリーズに連なるものとなる。このシリーズでは、ある社会に象徴的な風景を描き出すために、当地で使われている硬貨のうち、もっとも安価なもの(例えば日本なら一円玉)を使用する。原寸大の硬貨の濃淡によって全体が描かれるとき、それは社会を構成する私たち一人一人のアレゴリーとなる。
思えば、潘が用いるものはいつでも身近な、ありふれた物だった。幽玄な東洋の山はいつも財布に入っている一円玉で描かれ、強国の旗は一般的な安全テープで描かれ、領土問題は私たちが幼児期に親しんだ椅子取りゲームでたとえられた。星を描くのに、火のように魔術的なものを用いず、学校に持って行くカバンや教科書やノート、そして普段着を用いた。二つの国のイメージをつないだのはアヒルの羽毛と雪だった。言うまでもなく、彼は自身の境遇を出発点とし、国家、社会、価値基準を問い直し続けている。ただ、そんなに大きなものを相手にしているのに、彼のやり方はいつも等身大で、武器にしても身の回りの日用品ばかりなのだ。たぶんそれは、彼がどこかで、気づいているからなのだと思う。人間が自らの手で作り出し、そしてまた自ら囚われる巨大なシステムに挑むなら、自らの感知できることから考え、その末に得られるものを以てでしかない、ということを。中国・日本/社会/国家と、掌の中にある日常の結びつきをろうとする潘の試みは、私たち一人一人に向けられている。
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本年は、アラタニウラノでの個展の他、ニューヨークのジャパン・ソサエティ、ジューイッシュ・ミュージアムでの展覧会への参加が既に決定しています。注目の若手作家の待望の個展に是非ご期待ください。
「リクライニング・スタチューズ」 2015 video 9min. 38sec.
価格:1,620円 |
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