2-3月のTARO NASUはフィリピン在住のアーティスト、ポクロン・アナディンの個展を開催します。
1975年 マニラ生まれ。現在はフィリピンにて制作活動中。
フィリピンのコンセプチュアル・アートの父と呼ばれるロベルト・チャベットに学び、1999年にフィリピン大学の絵画科を卒業。 現代アートおよびその歴史に対する鋭い洞察と、演繹的調査に基づいた作品制作で知られ、連続性を持ち、その調査のアーカイブの抜粋から作品が構成されていることも特徴的である。
2002年、2012年光州ビエンナーレ。2009年ジャカルタビエンナーレなどアジアの主要な国際展に数多く参加。 主な展覧会歴としては、2012年サンフランシスコ アジア美術館の「Phantoms of Asia: Contemporary Awakens the Past」(サンフランシスコ アジア美術館、アメリカ)など。カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(ドイツ)や横浜美術館(日本)での展示、グッゲンハイム財団(ドイツ)での展示、収蔵などコレクション多数。
本展覧会「Sidereal Message」は、昨年六本木アートナイトにて展示された代表的作品シリーズ"Counter Acts"、そして現在進行中のビデオ・プロジェクト"Every water is an Island"など、社会や環境を構成する相互作用や相関関係に着目した作品を中心に構成されます。
社会学者のジグムント・バウマンは、関係性やアイデンティティー、グローバル経済での絶え間ない流動と変化によって特徴付けられる現代社会を"リキッドモダニティ"という語で描写しました。バウマンによれば、「現在、私達が生きる"リキッドモダニティ"では、もはやアイデンティティーの問題はいかにして安定したアイデンティティーを構築し保つかではなく、いかにしてその固定化を避け、選択肢を持ち続けるかにある」といいます。
アナディンの"Counter Acts"シリーズは、被写体が顔前に持つ鏡によって生み出された光によって、アイデンティティーや写真の問題を浮き彫りにします。作家は、鏡からカメラへと向けられる反射光によって、観察行為と写真撮影という行為のどちらをも妨げ、互いを見つめようとする作家と対象との視点を、曖昧にします。過剰な露光をもって撮影された作品では、写真作品に予期されるはずの対象や主題の発見は生じず、閃光の周囲のディティールが明瞭に映り込むのみ。そこでは相互認識の隠蔽や欠如が物語られます。
アナディンはこの手法により、バウマンのいうようなアイデンティティーの固定化を避けた上での、他者間の理想的な関係性を指し示しているのかもしれません。作家が「無名のオーケストラ」と称する本作品は、新しい社会像の表れだとも言えるでしょう。 その"新社会"における調和と唯一の共通基盤は、彼の作品に現れる丸い閃光であり、その配列は楽譜の音符のように、一つのイメージから次のイメージへと徘徊します。
"Every water is an island" はアナディンがバンコク大学ギャラリーでレジデンスをしていた2013年に始まったビデオ記録を集めた作品です。本作品では、水の流れに焦点が当てられており、その水の光彩がダイヤモンドのように形作られたフレームのなかに映し出されています。このフレームは、私達が遠くを見るときに使う望遠の手の形。しかし、望遠によって焦点を定めることは、その周辺にあるものへの意識を失わせることにもつながります。アナディンはこのフレームを私たちが世界を認識する際の心の枷として配置し、焦点を定めることで生ずる認識の欠乏と不在を想起させる光景を生み出します。
本展覧会のための最新作では、ガリレオ・ガリレイ著『Sidereal Message』をタガログ語で読み上げるオーディオレコーディングが加えられています。本著がタガログ語で翻訳されることは世界初の試みです。
ガリレイは1610年に、肉眼では見えない月と星座を望遠鏡によって調査、記録した本著を出版しました。作品の中で私達が目にする水と光は、古くはバビロニアの頃から万物の基礎となり構成を表すものと考えられてきた四元素(土、水、火、空気)のうちの二つですが、この星界の観測により、ガリレイは元素論を排し、新しい科学の歴史を切り開きます。
アナディンが原始的な望遠によって観測する、水と光。ここではかえって、焦点を定めることで生み出される、新しい認識の問題が浮き彫りになり、世界の構成物に対する私達の新しい捉え方が語られているようです。
響きあう閃光によって奏でられる、アナディンが描く新しい世界の様相をご覧ください。
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