児玉画廊|東京では4月11日(土)より5月23日(土)まで、和田真由子個展「ハムレット」を下記の通り開催する運びとなりました。
今回の個展では「ハムレット」、言わずと知れたシェイクスピアの戯曲を作品のモチーフとしています。これまでも「ヘンリー六世」("VOCA2013" 出展作)や「リチャード三世」など、同じくシェイクスピアの戯曲を題材としたものを制作しています。これは、文章によって想像した情景や、実際に舞台を見て記憶した場面などを想起しながら制作しているシリーズです。人物描写の巧さによって、登場人物のそれぞれがステレオタイプといって良いほど明瞭に書き分けられている存外陳腐な点もありながら、劇全体のドラマティックさと、要所のシーンを鑑賞者の心に深く残すシェイクスピアの悲劇演出は、和田の想像力を刺戟し「イメージ」を掻き立てる格好の材料というわけです。舞台は和田の「イメージ」に近い状況を現実的に見せている稀有な例でもあります。観衆は舞台に正対し、決して袖に回り込むことはありません。つまり、常に真正面から情景をとらえ、舞台という限られた奥行きの空間内に置かれた書き割りの舞台装置の助けを借りながら、情景の全てを想像しながら観劇するのです。これは和田が頭の中で描いている「イメージ」のあり方と多分に重なります。和田風に言えば、演劇もまた「イメージの台座」ということになるのでしょう。
この演劇を題材とした一連の作品は、透明のビニールシートをキャンバス用のフレームに貼ったものを支持体として、透明のメディウムを塗り重ねることで描かれる透明な作品です。メディウムを複層的に塗布することによって、白色の半透明に薄ぼんやりと図像が浮かび上がる様子は、頭の中の情景とはかくありなん、と直感的に思わせます。しかし、和田の他の作品と異なり、マスキングテープを駆使した明瞭な輪郭でレイヤーを際立たせる見せ方ではなく、いわゆる絵画的な筆触によって、緩やかに絵の具の層を重ねています。キャンバス用のフレームが否応にも透けて見えることからも、鑑賞者が「これは絵画である」という認識から離れ難いように、和田が誘導していることが看取されます。和田があえて、一見これまでの主張と反するかのように「絵画」というフォーマットに回帰する見せ方を選んでいるのは、一つは、演劇(舞台および文字)というすでに「台座」の上にある「イメージ」を更に二次的に描出するには「絵として描く」という手段が理に叶うため、もう一つに、自ら絵画のティピカルなフォーマット上で「イメージの台座」という美術の再定義を実践するため、という二点の実験的アプローチを想定しているものと理解できます。
戯曲「ハムレット」の冒頭、叔父の奸計によって暗殺された父の亡霊を前にハムレットは復讐を誓います。父の亡霊は「Remember me」と嘆願し、息子は「Remember thee!」と応じます。この短くも強く余韻を残す言葉の往復によって全てが始まり、物語は結末へと真っ直ぐに進んでいきます。以後父の亡霊は姿を見せぬものの、亡霊と交わした言葉はハムレットを強く縛ります。「イメージ」のありのままの描出を最終目的として掲げる和田真由子にとって、「イメージ」とは父王の亡霊と同じく、曖昧ながらも身を縛るほどの強固な力を持ち、そして和田を鼓舞し駆り立て続けるものとして、厳然と身の内に存在するものであるのです。
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