タグチファインアートでは、人間の本質的・根源的欲求から生み出された美術を、時代や地域にとらわれずにご紹介するシリーズを「The Human Condition」と題し、機会あるごとに展覧会をおこなっております。5回目の今回は「古代メソポタミアの円筒印章」を展示いたします。
中東のイラクやイランといった地域は今の私たちからすると、石油の産地あるいは人と人の争いが絶えない地域という印象が強いかと思います。しかしその地域はかつて古代メソポタミア文明が栄えた人類の輝かしい文明のはじめの一歩が記された地域であるということは我々が忘れてはならない事実です。今の日本で古代のメソポタミア文明を感じることができるものは多くはありませんが、そういったもののひとつに円筒印章があります。
円筒印章は古代メソポタミアで紀元前3300年から約2800年の長きにわたって作られてきた、粘土の上に転がして捺印する印で、粘土の上に現れる帯状の浮き彫りの中に多様な主題が語られています。この円筒印章を発明したのは5000年前にメソポタミア南部に住んでいたシュメール人と言われています。印章には今から5000年前の人々の神話、叙事詩、自然界や神々のシンボルがわずか1-2cmの幅の中に驚くべき細密さで描かれています。円筒印章はその神話的主題から推察されるように実用的な使われ方だけではなく、宗教的意味も持っていたものと考えられていて、使われている材質もラピスラズリや、めのうなど石材の乏しかった古代メソポタミアにおいては貴重な材料が使われています。そのため円筒印章はそれらが実際に使われなくなってからも、その美しさからお守りとして、あるいは美術品として、あるときは十字軍の兵士の手に、あるときはスルタンの手にといったように多くの人の手に渡ることによって、破壊されることも少なく多くが世界に現存しています。今回展示される円筒印章はそのように多くの人の手を経て今日本の地にあるものの一部です。
小さな石に刻まれた5000年前の社会の記憶は私たちに多くのことを考えさせてくれます。この5000年間に多くの国家や制度が歴史の中に消えていきました。そこには現代と比較しても決してひけをとらない優れた社会制度があったことが円筒印章は教えてくれます。我々が今よって立つ制度や常識は5000年後はどうなっているでしょうか、5000年後といえば70世紀です。印章を通して5000年前の人々と対話をしながら人類の未来を考えてみるのも、混乱が続く今の世界を考える上で有意義な時間だと思います。
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