五嶋英門は、ヒップホップミュージックのトラックメイカー(制作者)としての活動もしており、今回の展覧会はその活動の中から生まれた別の可能性についてのものとなります。
五嶋が感じた音楽制作の別の可能性とは「制作され、記録された音楽を聴く」という行為を、固定された音場(例えば、一般的な音楽体験は未だに右と左のスピーカーから生じる音のバランスによって作られている)のような限定的な空間性から解放すること、を目的としたものです。一般的な市場に流通する録音物というのは、記録された音と、それをしまうケース(ジャケット)のアートワーク、またはMV(ミュージックビデオ)、そしてライブ、によって作品世界が形成されますが、それらを一体化したものとして空間の中に展開し、統合された世界観として表現する、という試みでもあります。
ヒップホップミュージックとは、素材として「既成の音楽」から切り出したものを様々に組み合わせ、全く別の機能を持った音楽を作り出すものです。特にヒップホップでは、ある切り出された音のパターンを反復することで立ち現れる特異な身体感覚(それはグルーヴと呼ばれます)が重視されます。
五嶋は、全ての切り出された文脈が、最終的にグルーヴという原始的な身体性に還元されるのがヒップホップの魅力だと言います。
この展覧会は、その「素材」となるものを、アナログレコードやmp3のような限定的な「データ」から、作家が認識し、手を触れることができる全てのもの、つまり「世界全体」へと拡張し、それを切り出し、並置し、反復させ、ある特異な空間を立ち上げようとするものです。
その拡張された空間では、作家の世界への印象、自然、宇宙、社会観、死生観が、幾重にも重なった階層構造の中に垣間見られます。それは鑑賞者に、目の前で音楽が演奏されることとも、録音されたものを鑑賞することとも異なる、新しい体験を提供することになるでしょう。
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