本展は、2x3mの大作「異界へと架けられた橋」を含む新作のペインティングの他、等身大サイズの立体作品及びドローイングなどからなります。
田名網敬一は、1936年東京に生まれ、武蔵野美術大学を卒業。1960年代より、グラフィックデザイナーとして、イラストレーターとして、そしてアーティストとして、メディアやジャンルに捕われず、むしろその境界を横断して精力的な創作活動を続けてき唯一無二のアーティストです。田名網は、在学中より読売アンデパンダン展などに出展するなど日本の戦後芸術運動の一つであるネオダダの中心的メンバーであった篠原有司男や三木富雄らと行動を共にし、卒業後の60年代半ば以降はサイケデリックカルチャーやポップアートの洗礼を受け、映像作品からシルクスクリーン作品、ペインティングから立体作品と幅広い創作活動を続けて参りました。特に、60年代後半のアンディウォーホルとの出会いに触発され、現在に至るまで「アートとデザイン」、「アートと商品」、「日常と美の関係」といった今日の現代美術が抱える主要な問題に対して実験的な挑戦を試み続けています。
田名網は近年、その主な労力をキャンバスに向けています。特に2010年以降は大作のペインティングを中心に、自身の70年以上もの歴史を記したいわば"曼荼羅図"の制作に取り組んでいます。例えば、ここには田名網が幼少期に経験した戦争を連想するモチーフが幾多に込められています。光を放つ奇怪な生き物は、擬人化した爆弾と爆発の光。縦に伸びるビーム光は、アメリカの爆撃機を探す日本軍の放つサーチライト。画面中に登場する骸骨姿のモンスターたちは、戦争で傷ついた人々であり、同時に恐れを知らぬ私たち自身の姿でもあります。金魚をモチーフにしたキャラクターも多数登場します。これは田名網の脳裏に深く刻まれている原風景 - 祖父が飼っていた金魚の鱗にアメリカの落とした爆弾の光が乱反射する光景 -と深く関係しています。まるで動物的な生命を宿したかのように描かれている松は、田名網が44歳の時に胸膜炎を患い死にかけた時に見た幻覚に由来しています。この時、1週間以上もの間、田名網は螺旋状に動き回り身体を締め付ける松の悪夢にうなされ続けたといいます。歌舞伎の舞台や太鼓橋といった日本の伝統的な建築も登場します。赤い太鼓橋は、日本では現世と来世を繋ぐ橋と信じられています。
本展「結び隔てる橋」は、特にこの橋が持つ特異な意味に寄せた田名網の強い関心からきています。「幼少の頃にみた、映画のワンシーンに出てくるさらし首と太鼓橋や、空襲の夜の死者と太鼓橋等、この奇異でドラマチックな取り合わせは、橋を隔てたこの世とは別の異界へと私を誘うのである」と語っている様に、田名網は幼い頃から橋と死の関連に着目し、この世とあの世を渡すクロスポイントとしての橋の謎について研究を重ねてきました。「その昔、橋の下はとにかく違った世界がある、というのは通説だった。河原者という言い方があるように芸能との結び付きは強く、大道芸から歌舞伎に至るあらゆる芸事の発生した場所でもあった。河原乞食といった蔑称も一般的だったし、演劇の発展にも深く関係している。現実ではないもう一つ別の世界であり、あらゆる制度や秩序から排除された異界という考え方もあった。怪しげでおどろおどろしい見世物小屋が立ち並び、ろくろ首や蛇女、小人のフリークスなど、社会の裏側に光を当てた出し物が薄闇の中でざわめいていた。また橋という屋根で覆われた異空間は、死体の隠し場所であり、からだを売る女郎の隠れた溜り場でもあった。そして思い悩んだ末の男女の極限の別れ、橋の欄干から身をなげる遣る瀬ない心中など、いづれにしても死との結び付きはとても強く、日本の橋の際立った特長でもある。」
赤い太鼓橋は、本展のメイン作品である2x3mの大作のペインティング「異界へと架けられた橋」の他、新作の立体作品においても主要なモチーフとして登場します。そして、これらの橋は必ず髑髏のキャラクターと共に登場します。「異界へと架けられた橋」では、赤い橋と一緒に田名網が親しんだアトムやポパイなど著名漫画のキャラクターが、その他に数々の畸形のスペクター、僧侶や少女のお化け、骸骨などが同居して描かれています。立体作品においては、ペインティングにも描かれている黄金に輝く赤子を抱いた骸骨姿の少女像が赤い橋の上を渡る姿が造形化されています。田名網は、暗い過去の体験も自身の性格によってポジティヴな表現に変換してしまうと語っていますが、ここに描かれた世界は、善も悪も、苦悩や恐怖でさえも超越した田名網にとっての究極の楽園なのです。
田名網は、本展で発表する近作について寄せて次のようにコメントしています。「橋が内包する深遠で神秘的な世界は、私に複雑怪奇な謎を投げ掛ける。俗なるものと聖なるものの境界であり、今の世界と死の世界を分けるのが橋だとすれば、その一方で出会いの場所と言うこともできる。橋の向こうから幽かに響く歌声は誰が歌っているのだろう。その姿を見極めたい。橋の下にひっそりと広がる無限の暗闇、底知れぬほどの謎を秘めた神秘的異空間への興味は尽きることがない。」
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