中平卓馬にとって、あるがままの世界をあるがままに捉えるということは大きな命題です。あるがままの世界とは、ある事物に対するイメージ(それが何であるかなど) を全く持たない白紙の状態でその物を凝視し、その果てでようやく事物が答える、そのことをもってその物が真の姿を現すのだと中平は考えました。写真を撮るということは"私"の知らない未知の世界が偶然にも発してくるサインを待ち構えることなのだと。
中平は度々、飲食店の看板や路上の立て看板をフレームいっぱいに撮影しています。看板とは「本体」を名指しする機能を持つ指示代名詞のようなものですが(「この店は〈友琉館〉です」、「この先に〈森山神社〉があります」など)、中平が写す時、看板はその関係性から切り離され、その形や記された文字の形だけが宙吊りにされ物質としての存在感だけがそこにあるように見えます。かつて中平は下記のように語りました。
"私の視線、それに向かって投げ返される事物の視線、その二つのものがせめぎ合う磁場こそ世界そのものであるのだから。
"中平卓馬映像論集"なぜ、植物図鑑か"(晶文社、1973年)より
中平の写真は、あるがままに見ようとしても自らに貼り付いた自我によって決してそうはできないと自覚する中で、それでも徒労ともいうべき毎日の撮影の集積に賭け世界を捉えようとする、その行為に立ち現われるかすかな希望なのではないでしょうか。展覧会では 2004年から2010年までの間に撮影された作品の中から作家が選んだ20数点を展示いたします。BLDギャラリーとの同時開催になります。
SHUGOARTS
135-0024 東京都江東区清澄1-3-2, 5階
TEL: 03-5621-6434