香りの歴史は古く、文明のおこりとともに紀元前2000年の古代メソポタミア、エジプトにおいて、「香を焚く」ことから香水の歴史ははじまりました。現在、アロマキャンドルなどが一般化し、気軽に香りを楽しむことができますが、香りのもっとも古い用法は宗教儀式にありました。芳香の良い樹木や樹脂を焚き、火を通すことで生じる煙と香りは神へ捧げられ、人々と神とを繋ぐための神聖なものでした。
香水の英語名perfumeはラテン語par fumum「煙を通して、燻する」の意に由来していることからも香りの起源がうかがえます。
煙から始まった「香り」はやがて花や草木の香りを絞って採取され、動物性の油脂に匂いを吸着させるなどして、液体や軟膏といった形で使われるようになります。そこでようやく貯蔵するための「容器」が必要とされ、「香油壷」「軟膏壷」といったものが誕生します。それらには大理石などの石材を削りだしたものや、土器が用いられていました。これは、形状そのものを加工した装飾が施されるようになります。その後、現代のガラスの基礎となるガラス製法が発明されたことで装飾性と密閉性、また無臭性を可能にし、香りを保存するのに適した容器が誕生しました。
私たちのイメージする、いわゆる香水瓶が誕生するのは18世紀になってからのこと。古代のエジプトから時代は下り、西欧では新たな香りの文化が発足します。14世紀頃、ペストの流行による疫病や悪霊を払うとされ、「香り」が「魔除け」の役割を果たすようになります。「ポマンダー」と呼ばれる金銀細工により作られた首からさげる小さな形体の内部には「練香」が入れられ、香りが「持ち運ばれる」ようになります。次第に、常に香りを身に付けられるようになったことから「魔除け」の役割から香りそのものを楽しむようになりました。
また、香料は大変貴重なものであったことから、香料を所有できる特権階級であることを他者へ示すことが貴族階級の流行になりました。
《ポマンダー》
ドイツ製 1650年頃
海の見える杜美術館
18世紀、貴族階級の間では夜毎に舞踏会が催され、男女ともに恋の駆け引きに夢中になりました。当時の女性たちは気に入った男性を落とすため、過剰なまでにウエストをきつく締め、失神して可憐さをアピールするなど、驚くべき恋愛テクニックをもっていました。そんな女性の必需品であったのが化粧ケース一式でした。
(気分が悪くなったときに嗅ぐための)酢に塩を混ぜた気付け薬の瓶、毛抜き、小さなハサミや爪やすり、舌みがきの器具がセットになっています。現代におきかえると化粧ポーチといったところでしょうか。きれいになって想いを寄せる男性を振りむかせたい想いはいつの時代も共通の関心ごとなのです。
ガラス製の香水瓶が一般化する以前、ヨーロッパ各地で徐々に香水作りが広がり始めた頃、豪華な水晶を削ったものや宝飾が施されたものなどが現れました。やがて、マイセン窯やチェルシー窯などでつくられる陶磁器製の香水瓶が流行。「自然回帰」が叫ばれた18世紀、当時の気運が反映され、自然の中で男女が愛を語り合う牧歌的な風景や愛を象徴するキューピッドなどをモチーフにした香水瓶が人気でした。また、貴族や上流階級御用達の宝飾細工師により、七宝細工の香水瓶など豪華な宝飾香水瓶が登場しました。
香水をつくる技術が飛躍的に進歩し、香りの長期保存が可能になったことで、18世紀末にようやく香水店の基となる専門店が登場します。
経済力のあるブルジョワジーと呼ばれる富裕層が誕生したことも香水産業の発展に大きな影響を与えました。香水が以前に比べて入手しやすくなると、香水は模倣され、ヨーロッパ全土に流通しました。パリだけで200を超える香水店が存在していたことからも、その熱狂ぶりがうかがえます。
香水は簡素な透明ガラス瓶にいれて販売され、そのあとで人々は職人に作らせた豪華な瓶に移し替えて使用していました。
香水の流行により、大貴族などの身分の高い人々は特別な装飾が施された香水瓶を持ちたちと願うようになりました。大貴族に瓶の製作を依頼された宝飾細工師たちは、その依頼に創造力を触発され豪華な香水瓶をつくりだしました。
《ショッキング》
バカラ社製/スキャパレリ 1936年
Gangler Collection
20世紀に入るとファッション界が時代の流行をリードします。
ファッションに付きものの香水はファッションデザイナー自身がデザインした香水瓶とともに発売されるようになります。20世紀初頭、「ファッションと香水は一体が必要」という考えから、自ら香水ブランドを立ち上げ、ファッションと香水の新たな関係性を確立させたのがファッションの革命児、ポール・ポワレです。ポワレによる斬新なアイディアは彼を追随するファッションデザイナーに大きな影響を与え、ココ・シャネル、エルザ・エキャパレリ、クリスチャン・ディオールなどが続々と香水部門を設け、個性豊かなボトルデザインを発表しました。
そして、今日、ファッションブランドにとって香水は無くてはならないものになっています。
本展では紀元前より現代に受け継がれるゲラン、ディオールなどメゾンの手がける香水に加え、絵画、写真など、約350点によりご紹介いたします。
是非ご高覧ください。
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