「有毒女子」たちのために (吉岡洋)
当世、人はほんの微かな「毒」すらも避けようとする。なにしろタバコの煙すら、まるで毒ガスのように排除するのだからね。けれど、そもそも「毒」と「薬」は紙一重なのであり、いつ、どのように、どのくらい飲めば毒が薬に転じるかを知る精妙な処方の知恵が、本来の薬学(pharmacy)というものだ。俗に言えば「さじ加減」である。むやみに「毒」を恐れる現代とは、この知恵を忘れた野蛮な時代と言わねばならない。専門分野としての薬学は発達していても、「文化の薬学」とでも言うべきものが不在なのである。
人間と社会の「毒」がことごとく「不正」「犯罪」「ハラスメント」等々の烙印を押されて排除され、いわば「無毒社会」の実現が目指されているかのように思われる。そんな御時世、数ある「毒」の中でも古今東西もっとも危険な女子の「毒」なんて、もってのほかだろう。実際、社会は女子毒に対する防護策を講じている。男子は女子のカワイイ魅力だけ安全に楽しみ、「毒」には当たらないようにするために、女子を「二次元」にしてしまう。かくして草食系が増えるのである(...とはいえ毒草もあるからね、草食系といっても安心はできない)。
さて「有毒女子(Toxic Girls)」の毒とは、いったいどんな類の「毒」なのだろうか? "Toxic"の語源となっているギリシア語の"toxon"とは「矢」を意味する。こう言えばたぶんお気づきのように、それは毒矢の先端に塗る毒のことなのだ。それは人間に、自分よりも大きく強い動物を仕留めることを可能にした武器であり、その意味で毒について知ることは、人類文明の根幹をなす知恵であるとも言える。まぁ毒矢なんて言ってみれば卑怯だが、自然界において人間の文明とはそもそも「卑怯」なものなのだ。
多くの人は射手を男としてイメージするかもしれないが、この展示を訪れるあなたを狙うのは、アートという毒矢を放つ女の射手(=アマゾネス)たちである。彼女らの狙いとは、あなたがたんに作品に魅了される(enchanted)ことではなく、その毒に当たる(intoxicated)ことなのだ。アートの毒は人を殺すのではなく、むしろ生を刷新するものである。「毒にも薬にもならない」ものばかりで満たされた「安全」な社会で、人は窒息死しかかっている。生きるためには、毒でもあり薬でもあるようなものがもっと必要だ。そのことをより深く知り、その方向へとあなたを誘う者こそ、心の中に毒矢を秘めた女子たちなのである。
▼出品作家▼
岡山愛美(ミクストメディア)OKAYAMA Manami / mixed media
小谷真輔(油彩、素描)KOTANI Shinsuke /painting,drawing
後藤真依(絵画)GOTO Mai /painting
坂本優子(絵画)SAKAMOTO Yuko /painting
崔正成(映画)CHE Jonson /digital video movie
唐仁原希(絵画)TOJINBARA Nozomi /painting
羽根田愛生(ミクストメディア)HANEDA Aoi /mixed media
福永晶子(版画、素描)FUKUNAGA Akiko /etching print,draing
藤場美穂(写真)FUJIBA Miho /photo
※崔正成監督「スタンドアップ!シスターズ」(2010年作/75分)会期中、毎日13時~、15時~、17時~上映。DVD再生。
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