ウィリアム・ケントリッジ(1955南アフリカ共和国生、ヨハネスブルグ在住)は、1980年代末から、「動くドローイング」とも呼べるアニメーション・フィルムを制作しています。木炭とパステルで描いたドローイングを部分的に描き直しながら、その変化を1コマ毎に撮影する気の遠くなる作業により、絶えず流動し変化するドローイングを記録することで生まれる彼の作品は、独特の物語性と共に集積された行為と時間を感じさせる重厚な表現となっています。
ケントリッジの作品は南アフリカの歴史と社会状況を色濃く反映しており、自国のアパルトヘイトの歴史を痛みと共に語る初期作品は、脱西欧中心主義を訴えるポストコロニアル批評と共鳴する美術的実践として、1995年のヨハネスブルグ・ビエンナーレや1997年のドクメンタ10などを契機に世界中から大きな注目を集めるようになりました。しかし私たちは、その政治的外見の奥で、状況に抗する個人の善意と挫折、庇護と抑圧の両義性、分断された自我とその再統合の不可能性などの近代の人間が直面してきた普遍的な問題を、彼の作品が執拗に検証し語り続けていることに注目すべきでしょう。
「石器時代の映画制作」と自称する素朴な制作技法に固執しながら、ケントリッジは近代の物語生成の原点を、そしてヨーロッパ植民地主義の病理の原点を作品を通じて探求しているのです。精緻なセル画アニメやCGが主流である現代のアニメーション制作の状況の中で、ケントリッジの素朴な技法は対極に位置していますが、強靱な知性に支えられた力強い表現は、ドローイングのコマ撮りアニメーションが未だに有力な表現手法となり得ることを証明しており、1990年代中頃からその作品は、世界中の若い世代の美術家たちに大きな影響を与え続けています。
《流浪のフェリックス》のためのドローイング
[フェリックスの部屋/望遠鏡を覗くナンディ] 1994年
木炭、パステル、紙 93×120cm 作家蔵 © the artist
今回の展覧会は、京都国立近代美術館とウィリアム・ケントリッジとの3年間にわたる緊密な協同作業を経て実現されるもので、日本では初の大規模な個展となります。南アフリカの歴史を扱った初期の代表作《ソーホー・エクスタインの連作》(1989-2003)から、ショスタコーヴィチのオペラ『鼻』を題材にした最新作の《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》(2008)まで、フィルム・インスタレーション3点を含む19点の映像作品と、36点の素描、 64点の版画により、ウィリアム・ケントリッジという私たちの同時代の美術家の作品とその知的挑戦の全体像を紹介します。
『流浪のフェリックス』 1994 作家蔵 © the artist
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