野村仁(のむら・ひとし)は、1945(昭和20)年、兵庫県に生まれた現代美術家です。
野村は、1960年代末から、いち早く写真を使った美術表現に取り組み、巨大なダンボール箱やドライアイスなどの固体物がゆっくりと形を変え、その様相を変化させていくさまを写真で記録し、「重力」や「時間」を眼に見えるかたちで示す作品で注目を集めました。
野村は、そうした物の変化を観察するなかで、「物が今ここに在るとはいかなることか」や、「物や時間によって成り立っているこの世界とは何なのか」に関心を持ち、やがて、その眼差しの対象を、地上の現象から、空や宇宙、DNAへと広げ、深めていきました。
太陽や月の運行の軌跡が美しい形を創り出すことを発見し、いま地球に届いている銀河の光が実は化石になった植物が生きていた時代に生まれたものであることの不思議さなどに魅了された野村は、それを写真だけでなく、映像や音、さまざまな媒体を使って表現してきました。その意味で、野村はマルチメディア・アーティストの先駆けでもあります。
今回の展覧会は、そうした野村仁の40年近くにおよぶ活動を振り返る、東京では初めての大規模な回顧展です。
《北緯35度の太陽》 1982-1987年 京都市美術館蔵
?万物は流転する―変化する相への眼差し
「物が在る」と聞くと、私たちはある物体が姿や形を変えることなく一ヶ所に静止している状態をイメージしがちです。しかし、本当にそうでしょうか。
野村仁は、ドライアイスがゆっくりと昇華し、様相を変化させながらついには消えていく様子を写真で記録していきます。「物が在る」状態とは決して不変ではありません。そして、自分の身体の外側の世界が、「物が在る」ことによって成り立っていると考えるならば、世界は時間と相の連続と重なりによって出来上がっているともいえそうです。
野村仁の作品は、私たちが当たり前だと思っている「自分が見て感じるものが『世界』である」という考え方に風穴を開けます。
?自然に寄り添い、宇宙のリズムに従う
野村仁は、太陽や月を観測するうち、その運行の軌跡が美しい形を創り出すことを知ります。しかもそれは、生物の細胞の根源を成すDNAの形とも似ています。また、月の運行、空を群れ飛ぶ鳥たちの位置を音符に置き換えると、何とそこからはメロディが生まれました。これらはどういうことでしょうか。
野村仁の作品は、私たちが地球の摂理だけに従って生きているのではなく、万物を統合する大きな力のもとで生かされていることに気づかせてくれます。
?未来へ―自然と科学技術との共生
ならば、その大きな力に直接触れ、交信することは出来ないか。野村仁の果てしない関心は、いくつかの大規模なプロジェクトに結実します。
銀河や太陽からの電磁波を受信し、その波を音に変換する《COWARA》(1987年)や、太陽のエネルギーをソーラーカーで受けとめ、アメリカ大陸を横断する《HAAS Project》(1999年)は、アーティストの思考と科学技術とが結び合った新しい美術のあり方を示しています。
?知覚の刷新―新しいコミュニケーションの提案
野村仁は、天空の世界にのみ、万物を結合する大きな力を見出したのではありません。地球上に生きる様々な生命体もまた、そこに内包される小宇宙とも言える摂理によって、野村の関心を強く引き付けています。その生命体とはたとえば植物であり、タコです。野村仁は、彼らが誰に教えられるでもなく備えている色彩の識別能力に着目します。人間も彼らのように色彩でコミュニケーションが出来ないだろうか。そのような考えから、大理石の上にさまざまな色彩を配列した野村仁の作品は、まるで石に刻まれた太古の絵文字のようにも見えます。ここにも、人間の知覚を離れて世界を見直せば、大きな力に触れることができるという一貫したテーマが見て取れます。
《Cosmo-Arbor '06》 1999-2006年
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