宇田川愛は、理想郷=Utopiaが本当はどこかに在って独自に発展を続けている、という表現を一貫して続けてきました。
そして、その表現は、三年間にわたるドイツでの生活と制作を通して、さらにしなやかな強さを兼ね備えるようになりました。
純白のシルクの生地を微妙な色合いで染めることが、まず宇田川愛が作品を制作するときの描き出しです。それは、イメージを呼び起こす、感性と生命のほとばしりでもあるのです。
淡く染められたシルクに描かれた世界の向こう側が透けて観えることは、作家の感性が現実世界と常に密接に関わっていることをあらわしています。
その淡いやわらかいイメージを時に切り裂くように描かれる、氷のような白い色面や硬く冷たい樹木のイメージは、作者の強固な意志による、世界観や生命観の表現となっています。
それは時に、厳冬の雪山に分け入る小道の様でもあり、凍てつく荒野に立つ樹木のイメージには厳寒のなかでのかすかな命を育む生命のあたたかさを感じさせるのです。
クールな印象の中に息づく美しさは、命のぬくもりを感じさせてくれます。
さらに今回は、新たに制作したインスタレーションも展示します。
寄り添うように作られたきのこや天使のイメージの磁器の彫刻たちが、藤の蔓で作りあげた鳥篭に入れられています。鳥たちは背後にあるシルク地に描かれた絵画の世界に思いを馳せながら、旅立とうとしているかのようです。
いつか観たことのある風景なのか、あるいは、いつか観てみたい風景なのか、作品の中に表現される世界は、私たち一人一人が日々の生活の中でともすれば忘れがちな生命の育みそのものの記録ではないでしょうか。
▼作家コメント
制作の上で主題としているのは、想像の世界に広がる理想郷のような場所を描くことです。
その世界を内から外からあらゆる角度から描くことで、想像は循環し、再び世界は拡がり続けていきます。
そういった題材を扱う中、ドイツでの生活は私に大きな変化をもたらしました。
そこでは人間が、自然と上手に共生し守られた生活の中で圧倒的な自然の強さを身近に感じる事ができました。
朝方、うんと冷え込んで、昼間気温が上がった時に濃い霧が立ち込めることがありました。
厚い雲の向こうから届く弱い陽の光りが、空中の水滴にぶつかって乱反射し、大気をぼんやりと妖艶な光で包み込んでいた情景が、目に焼きついています。
それはなんとも言えず美しく、あたかも目にしている世界そのものが描かれたキャンバスの中かと見まごうかのようでした。
作品の支持体にシルクを用いるようになったのも、そのような体験が幾度があった頃からでした。
想像の中にしか存在しえないはずの世界が、ある日現実の世界と一部で繋がっていて、霧の濃くでた日の川岸などへ出向いてみると、ふと発見してしまったりするのではないかという淡い期待を心の何処かに持ち続け、これからも描いていきます。
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