▼展示作品:
ドローイング シリーズ < 赤い風景 Real/Red > size 20x24inch から約10点
タブロー シリーズ < 赤い風景 Real/Red > size 45x33cm から約10点
▼関連イベント:
3月20日( 金・祝 )
午後5時 30分? 『アーティストトーク』
午後6時30分?7時30分 レセプションパーティ
■紅好み転法輪 text by 石崎勝基(三重県立美術館学芸員)
一本の木であれ木立であれ、赤の絵具で描かれた画面はある種のざわめきを、時にうごめきを感じさせることだろう。
その感触はただし、葉が生い茂るさまを写すことで自動的に得られたというものではあるまい。
画面自体をざわめかせうごめかせるためには、いくつかの因子を介在させなければならなかった。
そうした因子として三点挙げることができる。
まず、葉叢を描きだす筆致の組織;筆致は制作時期によって大まかには荒々しいものから様式化・記号化されたものへと推移したとのことだが、しばしば一つの画面内でも点描と短い波状の線など複数のパターンが共存し、それぞれがまとまった区画をなしつつ、滲みをきかせた部分や家屋など人造物に用いられる白抜きの部分とあわせ、複数の区画が干渉しあう織物として画面を分節・組織する。
次に、単色への還元;今回発表される作品での赤が、たとえば生命の昂進など何らかの意味づけと結びつくこともあるにせよ、茶や黒における大地への帰入、黄や青における明度の高まりの内での光への溶融に比べると、白地から遊離して高彩度で発現しようとする点で赤は、補色であり、またモティーフとなった葉叢の緑と等価なのだ。その意味でここでの赤を緑の陰画と見なすこともできよう。ただし岩絵具やテンペラのざらついた質感は、遊離しようとする赤を白地へと引きもどしてもいる。
最後に、媒介としての支持体への意識;区画と区画の間はもとより、筆致も、粗放なものであれ意匠化されたものであれ、一つの筆致と別のものとの間に白地をのぞかせずにいない。面としてひろがる対象をドローイング的な筆致に置換する作業自体、支持体のひろがりとの対峙によってはじめて成立する。
赤一色しか用いられない点も、赤との対比によって地の白の臨在をこそ浮かびあがらせることだろう。
支持体のひろがりはしかし、手つかずで自明な単一の前提のままにとどまることはできまい。
白地は複数の筆致、複数の区画、肥痩濃淡や肌理が変化する赤などに働きかけられることによって、多重的な干渉の結果画面全体のざわめき・うごめきをひきおこす媒介として位置づけられることになる。
関は2002年前後の数年間、支持体の裏から絵具を押しだす作品を制作してきたが、現在も今回発表される作品群と並行して、裏彩色によって既存の装飾的なパターンを写した作品や、同じ図柄を色違いで転写した作品を進めている。
ここには支持体を、自明の前提としてではなく、表もあれば裏も側面もある物体として扱おうとする意識を認めることができよう。
ただその上で、作品を物体化するわけではなく、といって対象を表面に転写することでイリュージョンが開く窓にもどすわけでもない。
物体としての支持体、対象の筆致への置換、赤への還元、絵具の質感などがたがいに不連続であるがゆえにこそ媒介となりあうことで、白地のひろがり自体がざわめきやうごめきをはらむような画面がめざされているのだ。
■作家自身のテキスト
「赤い風景 Real/Red 」について text by 関 智生
シリーズ「 赤い風景 Real/Red 」は、岩絵具のカドミウム・レッドを主に用いた、モノクローム・ペインティングとして描かれています。
5年に及ぶイギリスでの留学を終え日本に帰国した際、作者を驚かせたのは繁茂する山の緑であり、ヨーロッパにはない縄文的な生命力でした。
強烈な「緑」を強調するためにその補色である「赤」を使ったのです。
また作者は、このシリーズにおいて日本の江戸期の南画を、コンテンポラリー・ペインティングの文脈でとらえ直そうとしています。
そこでは二つの意味からなる「触覚的な筆跡」が表現されています。
ひとつは、対象風景(例えば木の葉や草など)を、ある記号的なかたちの集積に置きかえ、対象風景をまるで手で触れうるかのように再現しようとする、つまり観念的な「触覚」表現を試みています。
この表現様式は、キアロスクーロ(明暗法)を用いるとともに、江戸期の南画(文人画、池大雅など)の手法の引用になっています。
もう一つは荒い粒子である岩絵具を用いる事によって、画面上に現れるドットや線のテクスチャーを即物的な「触覚的な筆跡」にすることです。
岩絵具は審美的な効果を出すとともに、東洋絵画の一つの特徴である「筆跡」を強調させるに至っています。
江戸期に興った風雅な遊び心のある南画は、明治以降近代日本画が成立する過程において、忘れ去られて行った絵画様式だと言えます。
コンテンポラリー・ペインティングの文脈でその様式について新たな可能性をさぐることは、現・近代日本画の意義を、敷衍すれば現・近代日本美術をも問い直すことになると考えます。
日本人である作者が、他国の人のように自国の絵画様式(南画)を驚き再発見しそれに触発され制作すること、それはあたかもヴァン・ゴッホがフランスの風景の中で日本の浮世絵的な手法を見出し制作したのと同じ程に刺激的なことである、そう言えないでしょうか。
なお、「緑」の補色「赤」を用いたのは、スコットランドのアーティスト、デーヴィッド・シャーグリー(David Shrigley)の「Imagine the Green is Red (1997)」という作品へのオマージュにもなっています。
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