坂川はKodama Gallery Projectでの3度の発表を経て、その都度新たな試みや変化を続けてきました。
最初期の作品では「カット」と呼ばれるボディービルダーの筋肉の溝に注目したペインティング、その後は血管、神経などの線にフォーカスしたシリーズ、最近ではモチーフをマーブル状に押しつぶしたように描く手法を見せるなど、坂川自身の絵画に対する考究の経過とともに作品も多様な変化を遂げてきま
した。
しかし表面的な変化は見せつつも、一貫して身体的な要素、特に皮膚、筋肉、血管などにこだわり続けています。
絵具やインクの艶、滲みの効果を多用し、また、時にガーゼや合成皮革等を素地として使用していることもそれに強く関連しています。
それらはいずれも何らかの連想によって肉体的なイメージを強く想起させます。
坂川の作品においてモチーフは決してリアルに描かれるわけではありませんが、例えば色彩や素材の質感が人体のもつ艶や温度、湿度に近似していることなどが、明瞭でない輪郭を補って余りある効果を生んでいます。
例えば血管や神経のラインを取り出して線描した作品は敢えてガーゼのような布に描かれますが、そこ
では布は肌のメタファーとなり、所々滲むように描かれた色彩が体液のような様相を呈していることもまたモチーフである血管や神経が人体を組成するものであり、我々自身の身体の中に存在していることを強いリアリティをもって意識させます。
今展覧会で発表される新作のペインティングは、昨年12月にKodama Gallery Projectで発表した新シリーズを引き継いでいます。
この時を境に一旦、直接的に身体を想起させるモチーフから離れ、普段自身の子供が使う玩具や乳幼
児用品に見られるディズニーなどの馴染みのキャラクターを題材としています。
しかし、画面上の色彩の塊はその原型を留めることはなく、かろうじて特徴のある色彩やそれとなく判別できる部位をもってようやくそれと認識できるまでに分解され、さらに押しつぶされた絵具が互いの輪郭を浸食し合い、美しい曲線と精緻な色彩の混淆を作り出しています。
特殊なフィルムを使って押し伸ばされた絵具の表面は、通常絵具の見せる艶とはまた異なった、人工的な、かつ妙に生々しい光沢を有しています。
坂川の手によって分解され均質化された機能的にはまったく無意味な身体像は、モチーフのキャラクターを示しこそすれ、中身が溶け出てしまった抜け殻のように表されています。
仮にアルトー、ドゥルーズ=ガタリの「器官なき身体」を背景に持ち出すならば、つまり手足や顔の外形や機能は無意味と化しながらも、同時に暗に示される身体的モチーフという意味合いにおいては限りなく充足している、とも捉えられるでしょう。
坂川の身体感覚を表すべく画面の中で様々に混濁するモチーフやその象徴性は強烈な印象を与えますが、他方で鮮やかな色彩と美しい形状の織りなす画面やマチエールの艶やかな質感という、いわば相反するものが同時に内包され、見るものに忘れ得ぬインパクトを与えます。
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