EXHIBITION | TOKYO
ニナ・カネル(Nina Canell), 和田礼治郎(Reijiro Wada)
「42 Days」
<会期> 2024年2月15日(木)- 5月25日(土)
<会場> SCAI PIRAMIDE
<営業時間> 12:00-18:00 日月火水祝休
ニナ・カネルと和田礼治郎はそれぞれに、独自の芸術言語を用いながら、物質の絶え間ない循環の様相や、環境の流動と自身との関係性を辿ります。ふたりの実践はともに拡張された彫刻観を出発点としていますが、その狙いは、生物学、化学、エネルギー、さらには哲学をめぐる抜け穴や繋がりの在り処にこそ定められています。両者にとって物質とは、単に機械的で受動的なものではなく、常に変形可能性へと開かれた、ダイナミックな存在なのです。
「42 Days」と題された今回の二人展では、近作の彫刻を中心に、カネルと和田の作品がふたつの重なり合う空間配置において提示されます。本展では展覧会が持続する時間それ自体がひとつの能動的な要素となっており、人間および非人間によるアクションが孕む、時間の経過やエネルギーの流動による力の動きが、そのまま展示空間に招き入れられます。こうした時間性の焦点化を通じて鑑賞者は、カネルと和田の言葉を援用するなら「推移する曲線軌道」とでも呼ぶべき事象を目撃するでしょう。ここでは出来事が非直線的な中間段階を進み、あらゆる瞬間が唯一無二、反復不可能です。経験の究極的な貨幣として流通するのは専ら可視性と永続性ですが、二人はそれに異を唱え、表面的な安定性の背後にある諸々のインフラストラクチャーやパターンを介して詩的な語りかけを試みるのです。
ひとつめの展示室では、各作家のふたつの作品群から選ばれた作例が共存します。ニナ・カネルが現地制作した《Days of Inertia》(2023)は、日中の自然光の強さや遠くから伝わる振動など、展示室の環境条件に応じて変化する彫刻です。少量の水を湛えた2枚の伊達冠石の板が床に直に置かれていますが、その縁には疎水性のナノコーティングが施されており、それによって水は決して溢れず、張力の漲った界面を伝わるあらゆる振動が詳らかに示されます。対して和田礼治郎の《Still Life》(2024)は垂直性を指向する彫刻で、変形版の三連画のようにガラス板が斜めに設置され、その狭間に複数の果実が投げ込まれています。宙吊りにされた時間のパノラマとでも呼ぶべきこの状態は、時折、果実の落下によって乱されます。ガラスは金属同様、モダニズムが約束した永遠の成長の揺籃となった素材ですが、ここでそれが直に触れ合う朽ちた果実が指し示すのは、儚さのみならず、その基盤にあるスピリチュアリティの諸概念でもあるのです。
この空間には壁面を用いた作品も展示されます。和田の《Absinthe Mirror》(2023)が鑑賞者に見せるのは、緑色の表層──題名にあるとおり、退廃と陶酔を強化する作用によってモダニズム期の(欧州)美術界で名を馳せた蒸留酒、アブサンによるもの──に映り込む自身の姿です。ぽつんと佇むカネルの作品《Bonfire》(2022)は、壁面に開く配線用差込口から展示空間に流入する銅の彫刻です。アンリ・ルフェーヴルは赤々と燃え上がる焚き火として都市を捉えましたが、そのことに心を動かされたカネルにとって、この彫刻は展示室内におけるエネルギーの流れの指標、静的なマーカーであり、空間に多孔性と流動性をもたらすものです。建物と身体とのインフラストラクチュラルな境界(カネル)および生理学的-心理学的な境界(和田)を探求することで、どちらの作品も内部と外部の狭間でバランスを取りながら揺れ動いています。
ひとつめの展示室を特徴づけるのが抑制された緊張とでも呼ぶべき空気感であるとするなら、ふたつめの展示室は物質の循環と超過の精妙な祝福として捉えられるでしょう。和田による4点組の作品《Exosphere》(2023)に干渉色を伴って現れる、まるで回転する銀河のような様相は、研磨されたチタニウム板の背後から強烈な高熱を加えることで作り出されています。温度変化によってー外部から物理的な力を加えることなくー湾曲させた作品の表情は、鑑賞者の位置によって無限に変化します。4つの連作が表現するのは、新たに生命が誕生する瞬間のような、宇宙生成のヴィジョンです。これらの中心に置かれた、ギシギシと軋んだ音を出す機械装置には、空間と時間が奇妙に衝突する「Elsewhen」という言葉が題名として冠されています。本作はカネルが継続的に抱くミネラルへの、そしてテクノロジーに潜む粗暴な生成力への関心から生まれたものです。そこでは、さまざまな場所を歩きながら集められた複数の小石が、それぞれの不規則的な形体と機械装置の円滑な稼働との予測不能な相互作用によって、絶え間なく転がり続けています。それはまた私たちに、相互依存の広大なネットワークの最中であらゆる存在物の生を特徴づける、大小さまざまな力の相互的な戯れについて思考することを促します。
二人の軽やかで切り詰められた芸術言語から窺い知ることができるのは、1960年代から1970年代にかけて日本と西洋の両地において芸術をより自由な方向へ発展させた、ミニマル・アートおよびコンセプチュアル・アートの実践との繋がりです。当時は美術史と政治がともに大きく変動し、終わりなき成長の限界、そして地球という惑星上の生に関する個別の事柄が明白な問題として浮上する時代でしたが、それらは現在、また別の危急性を帯びています。ニナ・カネルが実行するように人間の生の規模を超えた物質の生態学を包含すること、そして和田礼治郎の取り組みに代表されるように物理学と形而上学という両極から宇宙-生命-時間の構造を探究することは、過程や変化こそが共存のための究極的なパラダイムであるという認識を導く指標として、有効な芸術の作法であると言えるでしょう。
SCAI PIRAMIDE(スカイピラミデ)
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