EXHIBITION | TOKYO
橋本聡(Satoshi Hashimoto)
「なくなる」
<会期> 2024年7月13日(土)- 8月11日(日)
<会場> Aoyama Meguro
<営業時間> 12:00-19:00(土日祝18:00まで) 月火水休
青山目黒では7月13日より橋本聡の『なくなる』を開催いたします。
弊廊は創業以来、メディアの境界を越え、時間と空間を採取し直し、新たな出来事として生成することを試みてきました。近年のコロナ禍による社会の大きな中断と変容を経て、今後さらにこの理念を探究し実践していきます。そしてこの機に相応しい企画として本展をご案内いたします。
これまで橋本は、短いセンテンスによるインストラクション作品を多数展開してきました。例えば、私たちの身の回りにある椅子には「座れます」や「座りなさい」といった人々への振り付けが潜んでいます。橋本はこうした人々を意識下で規定する振り付けを浮き彫りにし、それを裏返すような形で鑑賞者に問いかけてきました。公共空間に設置された〈自身に塗れ〉〈自身を叩くことができます〉といったインストラクションは、行為者であると同時に、自身の私的領域を塗装し破壊の対象ともすることによって、公的/私的領域を宙吊りにするのです。
そういった橋本の眼差しは、身近な事物だけではなく、経済や政治の力学、また気象や天体といったスケールにまで及びます。〈2曜制カレンダー〉〈水曜日が絶滅する〉などの暦や時間への取り組みにおいては、暦に潜む社会的な労働と休暇の振り付けに留まらず、地球の自転運動をも一種の振り付けとして浮かび上がらせるのです。
橋本は自身が綴る言葉の主体は、その扱う事物の側にあると説明します。例えば〈自身に塗れ〉と発するスプレー缶の側にあると。キャンバス(麻)に綴られた〈材料とされた植物が人間を呪い殺す〉は、そういった言葉とマテリアルの関係を如実に表した作品とも言えるでしょう。
近年の橋本は、これまでのインストラクション作品とは異なる形態で、「予報」や「宣告」と分類する短いセンテンスによる作品を展開します。これらの作品による今年2月の大規模な展示は、大きな反響を呼ぶものとなりました(『美しさ、あいまいさ、時と場合に依る』キュレーター:遠藤水城, 九段ハウス)。本展では、その展示を変奏する形で新作も加え、内外に拡張した展示空間にて、三十数点にのぼる作品を展示する予定です。
橋本がメンバーを務めるアート・ユーザー・カンファレンスは、この3年間、「外」への志向のもと精力的に活動を展開してきました。青森各地での活動(『美術館堆肥化計画』青森県立美術館, 2021-2023)をはじめ、様々な場所で「外」を探究してきた成果が、橋本個人の作品にも折り返されていることを本展にてご覧いただけたらと思います。コロナ禍直前の『Material fair』(メキシコシティ)以来の弊ギャラリーとの協働となる本展は、『私はレオナルド・ダ・ヴィンチでした。魂を売ります。天国を売ります。』(2013)、『世界三大丸いもの:太陽、月、目』(2017)に次ぐ3度目の個展となります。
どうぞこの機会に橋本聡の新たな作品をご高覧くださいますようお願い申し上げます。
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言葉と物質、マイナスの創造
(『なくなる』に寄せて)
橋本聡
言葉は物質の一種であり、物質は言葉の一種である。
水の分子「H₂O」は、1つの陽子と1つの電子を持つ水素原子「H」が2つと、8つの陽子、8つの電子を持つ酸素原子「O」によって構成される。これは「w」「a」「t」「e」「r」の文字が「water」という単語を構成するのと同じデジタルな構造だ。点、線、文字、単語、文、文章といった階層構造は、物質の階層構造と射影関係にある。物質とは質量を伴った言葉であり、言葉とは質量を伴わない物質である。
言葉は微小な次元において、人間や人工物のみならず、あらゆる物質に対してもインストラクションやプロンプトのように影響を及ぼす。また物質は、その個別の形態=情報の表れの延長上で、インストラクションやプロンプトのように駆動し、言葉の領域に影響を与える。言葉を紡ぐことは、文章や概念を編み、人間に作用をもたらすだけでなく、全ての物質にも作用を及ぼし、あらゆる事物を編み込む。そして物質は手紙や本のような形でなく、石や水のような形であっても言葉を綴る。
地球上の大気には総重量14兆トンの水(水蒸気、雲)が存在する。そのうち、1日あたり海面へ1兆1000億トン、地上へ3000億トンの雨が降る。地球上の生物の総重量(乾燥重量)は、ちょうどその海面への降水量と同じ1兆1000億トンと計算される。そして、地球上の人工物の総重量は1年あたり300億トンのペースで増え続け、2020年には生物の総重量に並んだ。人工物の総重量には、私たちの住居や所有物、絵画や彫刻といった芸術作品も含まれている。
芸術における「創造」の大半は、大局的には社会的な「生産」と同じベクトルにある。一方で、芸術として括られているものの中には、このベクトルに反する「マイナスの創造」と呼べるものも存在する。それは、量子力学における物質の反対の性質を示す「反物質」に似ている。物質と反物質が衝突して対消滅するように、マイナスの創造は社会の生産や創造と衝突し、対消滅を引き起こす。
そこで探求されているのは、社会において構築されていく建築や都市、あるいは理論や概念ではなく、それらの解体によって現れる荒野だ。それは、新たな構築物のための一時的な空き地ではなく、宙吊りにされ続ける空所。つまり、物質や言語の構築ではなく、物質や言語の解体や消滅による穴である。
Aoyama Meguro(青山目黒)
http://aoyamameguro.com/
東京都目黒区上目黒2-30-6 保井ビル1F
tel:03-3711-4099