EXHIBITION | TOKYO
森村泰昌(Yasumasa Morimura)
「『私』の年代記 1985〜2018」
<会期> 2018年10月20日(土)- 11月24日(土)
<会場> ShugoArts
<営業時間> 11:00-19:00 日月祝休
森村芸術とは何か。
森村は⾃らを 20 世紀・昭和を出⾃とする⽇本の芸術家である、ということに⾃覚的です。⽇本は明治維新後は ⻄洋⽂明・⽂化に影響を、太平洋戦争後はアメリカ⽂明・⽂化に影響を強く深く受けてきました。古くはそれは 中国⽂明・⽂化でした。そうした⽇本の「古層」的な⽂明⽂化受容の精神構造を前提に、⾃らの芸術のあり⽅を 追い求めてきました。そこには時代精神と歴史精神の両側⾯に⽴脚しようとする森村の決意・態度が伺えます。
森村芸術とは、⾃分ではない何かになる試みを続けながら、⾃分であることの意味を問い続ける営みの集積です。 他者及び他者の芸術成果・歴史的事件に対する独⾃の分析を加えながら、⾃分の⾝体を⽤いて写真・映像・パフ ォーマンス表現をすることを考えれば、森村芸術とは、成果としての撮影作品だけではなく、実践としての現場 もまた森村芸術の重要な⼀部を占める、と⾔ってもよいかもしれません。森村が作品において現場感の表出を⼤ 森村泰昌, 肖像双⼦習作, 1989, 拡散転写⽅式印画, 10.7×14.7cm 事にしているのはその表れです。
今展は森村芸術の 34 年間の軌跡を、「現場」作品とも⾔うべきポラロイド⽅式の写真(拡散転写⽅式印画)を通 して辿るものになっています。撮影現場を⾃らが⽣き、創造する場として常に⼤事にしてきた森村芸術のエッセ ンスがそこにあります。本⼈⾃ら森村芸術の秘密を語るエッセイとともにこの展覧会をお楽しみ頂ければ幸いで す。
末尾ながら、おかげさまで新⽣シュウゴアーツは六本⽊ complex665 ビルにて無事 2 周年を迎えます。その⽇を 他ならぬ森村さんの個展にて迎えることが出来ましたことは⼤きな喜びです。この場を借りてシュウゴアーツを ⽀えて下さっている皆々様、そしてシュウゴアーツのアーティストたちに深く感謝を申し上げます。
2018 年夏 シュウゴアーツ
My Art, My Story, My Art History に向けて
1
私は今から35年ばかり前に、セルフポートレイト写真による作品制作を始めました。私が、現代の写真の状 況(=誰もが⾃分⾃⾝や⾃分の⽣活を写真に撮る時代)の到来を予⾔していた者の⼀⼈であったと、そう捉え ることも可能でしょう。私はその捉え⽅を否定はしませんが、しかし、正直なところ、私は、万⼈がセルフポ ートレイト撮影に興じているかのような現代の時代状況には違和感を感じています。私は、昔も今も、変わら ず、⼈前に出るのが苦⼿です。⾃分⾃⾝を写真に撮り、その写真によって⾃⼰アピールすることが、気楽な楽 しい⾏為であるとは、決して思えないのです。むしろ、私のセルフポートレイトの試みは、「引きこもり」であ った⾃分⾃⾝を、無理やり社会に引きずりだすという⾃⼰治癒の試みであり、⾃分⾃⾝による⾃分⾃⾝の荒療 治であったとも⾔えるのです。
現代はセルフポートレイトの時代であると、確実にそう⾔えるとは思います。そして私は、そういう時代の 到来に先⽴つ先駆的な表現をしてきた美術家ですが、しかし、やっと今、時代は⾃分に追いついてきたというよ うには感じられません。今の時代状況と、私の表現のあり⽅は、どこかで共通な⾯を持っていながら、同時にど こかで決定的に異なっています。
2
私の尊敬する、日本のある心理学者(惜しいことに、もう亡くなられましたが)が、私に次のように言ったことがありました。
「私もあなたと同じように、いろいろなキャラクターに扮するんですよ」
この人も密かにセルフポートレイト写真を撮る趣味をお持ちなのかと驚きましたが、実際は、そうではありませんでした。
この発言は、この心理学者が精神分析医としてクライアントと対峙する時の、ご自分の立ち位置についての説明なのでした。
この心理学者の言うところによれば、クライアントの症状に応じて、⾃分⾃⾝も役割を変えて対応するのだそうです。ある場合には、⽗親のように接し、またある場合には⺟親のように接したりと、様々な役割を演じて、対話を重ねるのだそうです。そしてさらに重要なのは、そのような対話空間の全体が、この⼼理学者の想定する仮想現実として成⽴していなければならないという点なんだそうです。つまり、それらの対話は、現実世界で起きた実際の出来事ではなく、治療という⾮現実的に設定された場での出来事として、その⼼理学者によって統御されていなければならない。例えば、⼼理学者がクライアントの恋⼈の役を演じることによって、クライアントから重要な告⽩を得たとしても、医師は、当然のことながら、クライアントの本物の恋⼈になってはならないのです。
この演技と統御のあり⽅を、この⼼理学者は、私に次のように説明してくれました。
「私は、私⾃⾝の⼼の中を、⼀種の劇場というか、さまざまなお芝居が展開する舞台のようなものとして想定するんです。そしてクライアントに、この私の劇場/舞台に登場してもらい、何がしかの役を演じてもらい、さまざまなことを語っていただくのです。そして私⾃⾝も、この劇場/舞台に登場し、相⼿の役にふさわしい役柄を演じるんですね。精神分析の場⾯って、あなたの芸術表現とちょっと似ているとは思いませんか?」
私はこの⼼理学者の考え⽅を全⾯的に⽀持します。
3
カメラは、もう一つの私の顔を浮かびあがらせる、鏡のようなメディアです。
4
私は太平洋戦争終結後、連合国軍の支配下で始まった日本の戦後に生まれた日本人なのですが、そんな私の精神形成は、とても⽭盾に満ちています。⼀⽅では、戦前から続く⽇本の伝統的な⽂化に影響を受けつつ、他⽅では、戦後に、そういう⽇本の伝統⽂化を否定すべく、堰を切って流⼊してきた⻄洋⽂化、特にアメリカの新しい⽂化にも、⼤きな影響を受けた者のひとりです。私は、いわゆる「戦後世代」の典型的な⽇本⼈なんです。ですから、アメリカ⽂化やアメリカを通じてもたらされた⻄洋⽂化については、複雑な愛憎関係を持っていて、そうした愛憎の感情が、私の作品のテイストに深く関与していると、最近になって、さらに強く感じるようになりました。
もちろん、⽇本もアメリカも、そして世界も、今、⼤きく変化しています。もはや、「戦後」 とは何かなどという問い、あるいはまたそれに関連して、「戦前」とはなんであったかという問いかけも、現代という時代を捉えるための有効な⽅法であるとは⾔えないのかもしれません。今や⽇本⽂化といえば、アニメや⽇本⾷、それにニンジャなどが持てはやされ、それなりに経済効果を⽣んでいるため、⽇本政府もそれらには肯定的な姿勢を⽰しています。そのことについて、ここでは私はノーコメントとしておきますが、しかし少なくとも、あっさりしているようで、場合によっては粘り腰を発揮する私は、やはりどうしても「⽇本の戦後」というテーマは捨てきれず、まだまだこだわり続けているのです。
5
私には、自分自身の手によって、歴史を再構成してみたいという欲望があります。⾃分⾃⾝が歴史の⽀配者になりたいというのではありません。むしろ⽀配者になどなりたくはありません。そうではなく、与えられ、当然の事実として歴史を受け⼊れることに抵抗を覚え、歴史という権威を壊してしまいたいとさえ考えています。それはちょうど⼦供がおもちゃを壊したくなる衝動に近いかもしれません。⼦供はしばしば、⼤⼈からおもちゃを与えられた時、⼤⼈からその正しい遊びかたを指導されるのを拒否して、逆におもちゃを壊してしまい、勝⼿気ままな組み合わせを楽しみ、⾃分⾃⾝が満⾜の⾏く「⼦供の王国」を作り上げて⾏くのですが、私の芸術表現は、あの⼦供の破壊と再創造の⾏為の延⻑線上に位置しているのかもしれません。
私にとってのセルフポートレイトは、決して⾃分⾃⾝のプレゼンテーションでも、⾃⼰アピールの道具でもありません。それは、⾃分⾃⾝で⼯夫をこらし、いわば「⼿作り」によって歴史を作り直す快感の表明ではないかと思います。
この「⼿作り」という⼿法が、私の表現におけるセルポートレイトという⼿法と重なってくるのかなと、少なくとも私⾃⾝は、そう感じています。そしてその「⼿作りによる⼈類の歴史や美術史」を作り出す(⾝もふたもない⾔い⽅をすれば)材料として、著名な歴史上の⼈物のイメージが選ばれ、使われたりもするわけです。ですから、必ずしもテーマとなる⼈物と私⾃⾝が⼀体化されなければならないということはありません。
ただし、このあたりには微妙なニュアンスがあって、対象となるキャラクターとある種の⼀体感がなければ、単純な(似ていればそれで OK というような)似顔絵とあまり変わらない試みに終わってしまいかねないのです。
私と他者、この両者は異なる存在ではあるのですが、しかし私の中に他者を感じ、他者の中に私を感じる感覚がなければ、両者が理解しあえる要素は皆無だと言えるでしょう。この私と他者の間に流れる共通感覚のことを「一体感」というのであれば、その「一体感/共通感覚」というものは、セルフポートレイトの制作には必要不可欠な、「それがなければ、もうおしまい」とさえ言える、きわめて重要な、なんというかコレは、セルフポートレイト手法のちょっとした極意、コツのようなものでしょうか。割と早い時期に私はコレを知らぬ間に体得したので、こんなに長くセルフポートレイトをやり続けることになったんでしょうね、きっと。
森村泰昌 2018 年 8 ⽉ 1 ⽇
ShugoArts (シュウゴアーツ)
https://shugoarts.com/
東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F
tel:03-6447-2234