EXHIBITION | TOKYO
八谷和彦(Kazuhiko Hachiya)
「秋水とM-02J」
<会期> 2021年3月11日(木)- 4月18日(木)
<会場> MUJIN-TO Production
<営業時間> 火~金:13:00-19:00 / 土日:12:00-18:00 月祝休
*休廊日:月曜日, 3/20(祝), 3/27(土), 3/28(日)
3月11日より八谷和彦展「秋水とM-02J」を開催します。
実に14年ぶりとなる無人島プロダクションの本展では、八谷が2003年より進めてきた「OpenSkyプロジェクト」=個人の制作による一人乗り飛行装置(ジェットエンジン搭載)の「M-02J」を無人島プロダクションで初めて展示します。
無尾翼機「M-02J」は機体の形状で想像できるように、アニメーション映画および漫画作品「風の谷のナウシカ」から着想を得て設計されました。
ちょうど「OpenSky」プロジェクトをスタートさせた2003年はイラク戦争が勃発した年です。
八谷は、大量破壊兵器を保持する、という名目ではじまったイラク戦争に日本がなし崩し的に参戦する状況と、大国と宗教国家による戦争に周辺の辺境国家が翻弄される様子を重ね合わせ、戦争拡大を回避するために奔走するナウシカが争いの終結のために使うメーヴェのような飛行具を自作しようと考えました。そして10年という長い時間をかけて、設計、グライダー機での実験を経て、ジェットエンジン搭載の「M-02J」は無事に自力飛行を成功させ、機体番号が認可されるまでに至りました。その後、M-02Jは飛行試験を重ね、2019年には、エクストラゴールとして設定していたアメリカでのフライトも成功させました。
本展は「M-02J」の実機の展示を中心に、太平洋戦争中に日本陸軍と日本海軍が共同で開発を進めたロケット局地戦闘機「秋水」の資料も併せて展示します。
「M-02J」と同じ無尾翼機である「秋水」は、戦時中多くの航空機を作っていた日本で、空襲に飛来するB-29の迎撃を目的として生まれ、終戦直前に試験飛行をしたものの、試作機のみで終わった飛行機です。
この「秋水」について、八谷は日本の飛行機の中でも「特異点」だったのではないか、と言いました。
戦前に黎明期を迎えた日本の飛行機産業は、第二次世界大戦の敗戦によって、航空機の製造どころか研究も運航も禁じられた時期があり、多くの航空機メーカーは他業種への転換を余儀なくされました。その後若干飛行機産業は復活したものの、戦前のそれには遠く及ばず、国内では新規設計よりは下請けとしての開発・生産などが主となり、多くの有能な技術者もその才を活かす場をもとめ海を渡ったり、他産業の仕事に従事しました。
2021年現在の飛行機産業は「実際は少し前のトキのように絶滅寸前である」と八谷は語ります。
終戦間際、最終決戦兵器として製造された「秋水」と、斜陽となった現在の国内の飛行機産業の状況の中で製作された「M-02J」とを並べて展示することで、「過去」と「現在」だけでなく「終わりの中で見えてくる未来」を会場で感じていただきたいと考えました。
また展覧会では、「M-02J」の設計を担った有限会社オリンポスの四戸哲氏と、その師であり、戦前に世界記録を達成した航研機や、秋水の開発にも一部関わった木村秀政氏、日本の航空機設計に関わった二人のつながりもご紹介します。
飛行機開発にかぎらず、多くの産業にとって、ノウハウや作り手を失ってしまったものを取り戻すのは本当に困難です。
後継者が育たず廃れてしまった伝統技術や、コロナ禍で廃業となった老舗店舗のサービス、あるいは文化や芸術などにも何か通じるものがあるのではないでしょうか。
制作やサービスの環境が作れない、守れないうちに人材が海外に流出してしまう、終わってしまう、ということは、飛行機産業だけの問題ではないのではないかと思います。
それでも、何も土壌がない状況でも、どこからもスポンサーを得ず自力で飛行機製作を行ってきた八谷たちの活動と意志の結晶を、東京大空襲で焼け野原になったこの地に終戦直後に建てられ、戦後の産業復興の一端を担ってきた旧ダンボール工場でご覧いただきたく思います。
今回の無人島プロダクションでの展覧会では、これまでの「OpenSky」プロジェクトの展示とはまたちがう作品の表情をご覧いただけると思います。
「争いの終結と融和」の象徴として制作し、実際に八谷自身が乗った機体をギャラリーで観られるなかなかない機会です。
戦中と現在を飛行機でつなぐ本展を、是非会場でご覧ください。
MUJIN-TO Production (無人島プロダクション)
https://www.mujin-to.com/
東京都墨田区江東橋5-10-5
tel:03-6458-8225