アピチャッポン・ウィーラセタクンは1970年、タイのバンコク生まれ。映画や映像作品、写真などを手掛け、映画監督としてはカンヌ映画祭で2度の受賞を誇るほか、日本でも山形ドキュメンタリー映画祭や東京フィルメックスなど数々の映画祭にて受賞を重ねています。近年はアートの分野でも多くの国際展に出展し、2008年にはカーネギー・インターナショナルにて前回の
SCAI THE BATHHOUSEでの初個展にて発表した映像インスタレーション『Unknown Forces』を展示し、今後一層の活躍が期待される若い才能に向けて新設されたFine Prizeの第一号受賞者に輝きました。また2009年度のヒューゴ・ボス賞、及び2010年のアジア・アート・アワードそれぞれのファイナリストにエントリーされるなど、国際的に非常に高い評価を得ています。
今回の個展では映像作品『ナブアの亡霊』(Phantoms of Nabua)を中心に展示します。本作品は、ミュンヘンのHaus der Kunst、パリ市近代美術館、およびリバプールFACTの3会場での個展で昨年発表してきた新作プリミティブ(Primitive)のプロジェクトにおいて制作された映像作品のひとつです。多くのアピチャッポンの作品はタイを舞台として制作されており、プロの役者ではない一般の人々が多く登場しますが、『ナブアの亡霊』もタイの東北地方にある小さな村、ナブアに滞在して制作されました。
ナブアは政治活動とは無縁の農民が静かに暮らす村だったにも関わらず共産主義者の拠点と疑われ、60年代から80年代にかけてタイ国軍に統治された歴史があります。理不尽な統治に抵抗するナブアの農民をタイ国軍は暴行、殺戮し、生き延びた農民もジャングルに追われました。やがて東西冷戦が終わると、ナブアの悲惨な過去は皆の記憶から忘れさられ、今となってはそのナブアの地に住む若者たちでさえ、ほんの30年前の出来事に無関心に生きています。そのナブア村のある地方には、すべての男性が未亡人の亡霊に誘惑されてあの世につれていかれてしまうといった「未亡人の亡霊」伝説が古くから言い伝えられており、アピチャッポンの制作意欲に反映されたようです。
『ナブアの亡霊』では、蛍光灯の明かりに頼りなく照らされたナブアの夜の野原で、10代の青年たちが炎のボールでサッカーに興じる姿が描かれます。やがてボールは、野原に立つスクリーンに火をつけて、スクリーンを燃やしてしまいます。ナブアの夜の暗闇と、燃え上がる炎や蛍光灯の光、スクリーンに投影される落雷やプロジェクターの電光、そしてそれらの光を遮る少年達の影。ナブアの夜の野原に交差する光と闇に、記憶、歴史、伝説やその消滅が静かに描かれているようにも読み取れます。
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